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サンペドロ 日系アメリカ人メモリアル

オートモーティブ・ミュージアムのあとは、サンペドロのターミナルアイランドに行きました。目的は映画のロケ地訪問なのですが、サンペドロのターミナル・アイランドはただの港なので、ナビで設定するポイントがわかりづらく、日系アメリカ人のメモリアルが建っているので、まずはそこを目指していきました。

このメモリアル、そんな仰々しいものではなく、鳥居と漁民の像と、説明のパネルがあるだけです。ここを観光目的に来る人はまずいないのではないでしょうか。ただ僕は非常に感動しました。もともとサンペドロのターミナルアイランドには日系人が3500人ほどいて漁業に従事し、日本人村が形成されていたのですが、太平洋戦争勃発により、日系人は財産を没収され、強制収容所に連行されてしまいます。それでターミナル・アイランドにあった日本人村は消えてしまったのですが、その歴史を消さないためにここにひっそりとメモリアルが建てられたようです。
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このメモリアルは本当に感動します。ロサンゼルスにある日系人の記念碑ってたくさん見ていませんが、リトルトーキョーにある二宮金次郎像と、このサンペドロのメモリアル。共通するのは勤勉な日系人というイメージです。日本人であることが誇らしく思えてきます。

日系アメリカ人についての歴史についていくつか調べましたが,強制収容所に連行された後、日系アメリカ人はアメリカ人として戦争に参加し戦うか、それを拒否するかという選択を強いられます。そこで1世と2世の間で確執が起こり、日本人としての思いが強い1世の中では、アメリカ人として戦うことは拒否し、日本に強制送還された方もいたそうです。ほとんどの2世の方は、アメリカ人としての意識が強いので、戦争へ自発的に参加しました。アメリカも、人道的であり、日本との戦いに日系アメリカ人を送ることはせず、ヨーロッパ戦線に送ったそうです。そこで日系アメリカ人は、歴史に残る勇猛な戦いぶりをみせ、日系アメリカ人を中心に構成された442部隊はアメリカの歴史上もっとも勲章を獲得した部隊として歴史に名を残します。戦争後、2世の方々は、その偉大な戦績を理由にして、1世の方々が市民権を得られることに働きかけをしたとのこと。すごい歴史ですね。ものすごい苦労と努力の歴史です。

なんとなく気づいていたのですが、日系アメリカ人が日本とのつながりが希薄になっている、とも言われるそうです。その理由の背景に、アメリカか日本か、どちらかの二者択一を迫られたという厳しい歴史があります。

日本人はとにかく,(ガラケーという言葉がありますが)ガラパゴスのように世界でも珍しい独自進化を遂げた民族のように自分は思っています。先日、英語学校で、-Based という語を練習するときに,I speak +++. +++ is +++ -based language. という文章を作る課題で、はたと”はたして日本語は何語がベースなんだ?”と思いました。隣の中国(たぶん?)の方が、“日本語はたぶん中国語ベースだよ”と言っていましたが,
今ウィキペディアで調べると、やはり日本語が何語を起源にするか、というのが学説上でも定まっていないようです。

何が言いたいのかというと、独特な民族のようなところがあり、日本人は日本人、日本語を話すよね、日本好きだよね、みたいな共有意識を相手に強要してしまいがちなんですよね。僕も含めて。日系アメリカ人のうち2世、3世とかになってくると、日本なんて遠い外国、という人も多いはずです。アフリカ系アメリカ人がアフリカに郷愁を持っていたら、なんか変だよな、というのは僕にはわかります。それと同じことが日系アメリカ人にもあてはまるはずですが、さきほどのガラパゴス感覚が邪魔するんですよね。

もっと日系アメリカ人についての歴史を調べてみようと思います。
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サンフランシスコ人

2/25 関連映画をサンフランシスコの日本町の映画館で上映...

http://www.newpeopleworld.com/schedule/2017/2/9/2017-films-of-remembrance

http://www.nichibei.org/films-of-remembrance/
by サンフランシスコ人 (2017-02-10 07:35) 

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