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葬送曲 [音楽 Music]

以前、憂鬱になるとビートルズのところに戻っていく、と書いた。あるいは憂鬱になると葬送曲を聴くとも書いた。そしてレット・イット・ビーが葬送曲であるという説明もした。

http://fuyublog.blog.so-net.ne.jp/2012-03-18

そういえば僕にとって原点回帰のような音楽があり、憂鬱になるとその音楽を大音量でかけるというものが、もう一つあった。そしてここ最近、その音楽を聴き続けており、この1週間にも満たない期間に、不思議にもその音楽、あるいはその音楽が使われた映画に言及することが何度もあり、その一連の顛末をここに記しておこうと思ったのだ。

まず1週間ほど前、そう僕にとって非常にストレスのかかる仕事を控えた土曜日、会社で少し仕事を片付け、家に戻る途中の車の中で、印象的な音楽がラジオから流れてきたことがすべてのはじまりだった。僕はその音楽を、サウンドハウンドで検索をかけたく、音楽が終わってしまわないことを願い、家の前に車を停め、急いで携帯を操作し、サウンドハウンドでその曲の正体を確かめた。それはこの曲である。



Cage the Elephantの Troubleという曲だ。そしてYou Tubeでちゃんと聴いたとき、この曲がある曲と瓜二つであることにすぐに気づく。気に入るに決まっている。これはピクシーズのWhere Is My Mind?とまったく同じではないか。そうだ。Where Is My Mind?こそ、僕が憂鬱になったときに大音量で聴く曲の代表格ではないか。なぜこの事実がつながらなかったのだろう。



これだけ曲が似ていると、剽窃であるとか非難がおこりそうなものだが、自分にもそのような感情はまったくなく、インターネット上でもそのような意見は見当たらない。類似であるという指摘はもちろんあるが、非難はない。なぜか。Cage The Elephant は完全にWhere Is My Mind? を深層において理解し、解体し、再構築し、新しい感動を作り上げているからだ。そこには21世紀にまたWhere Is My Mind?の感動を呼び起こしてくれたという感謝しかないのだ。

そして僕は、Cage The Elephant の Trouble から、一連の事実がつながっていくのである。Cage The Elephant の Troubleも葬送曲なのだ。誰のための葬送か?このビデオクリップは老いたガンマンの死から始まる。この曲は死から始まっているのである。Cage The Elephant は Where Is My Mind?の本質を見抜いたのだ。それが死から始まっている音楽なのであると。

その事実に最初に気づいたのはデヴィッド・フィンチャーである。『ファイトクラブ』のエンディングで彼はWhere Is My Mind? を使った。あの時、主人公は、マーラにこう言った「大丈夫。これからすべてうまくいくよ」。あれはエンディングであった。しかしタイラー・ダーデンの死、ロサンゼルスの高層ビル群の破壊という、終末、エンディングからの始まりであったのだ。

レット・イット・ビーに、葬送曲としての性格を初めて見出したアーティストはケイト・ブッシュである。そしてその性格を初めて映画で可視化したのは『悪霊島』であった。ならば僕は断言しよう、Where Is My Mind? に葬送曲としての性格を初めて見出した映画は『ファイトクラブ』であり、アーティストはCage The Elephantであると。

レット・イット・ビーが葬送曲であることは、もう多くの人が気づいていることなのだ。僕はあの2017年8月17日のバルセロナにおけるテロの後、人々が惨劇の現場に集まり歌った歌がLet It Beであることに、至極納得するのである。

そして僕は葬送曲(Funeral March)と鎮魂歌(Requiem)の明確な違いに気づいたのである。後者が死のための音楽、終わらせるための音楽であるのに対し、前者は死から始まる音楽なのだと。だからこそ葬送曲は、人が絶望に陥った時に聴くべき曲なのだと。
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