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イベル・オブ・ロサンゼルス [建築&歴史 Buildings&History]

フレモント・プレイスの入り口を探して歩いていた時にみつけた建物。イベル・クラブという歴史のある女性のクラブの建物で、ウィルシャー・イベル・シアターというコンサートホールが隣接している。イベル・クラブの建物は現在では映画のロケにも数多く使われ、結婚式会場としての利用が多いようだ。



コンサート・ホールは外から見ると小さな会場のように思えたのだが、名だたるミュージシャンがコンサートを行っている。

スティーヴィー・ニックスの1981年のツアー。

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Oviatt Building [建築&歴史 Buildings&History]

前に、英会話を習っていた先生が言っていたOviatt Buildingに、先週の土曜日、意図せずして訪問した。僕がアールデコの建築物に興味があって、いろいろと訪問している、と説明したら、このOviatt Buildingを教えてくれたのだ。




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ロス疑惑の現場 [建築&歴史 Buildings&History]

以前より、訪れてみようと思っていたのがロス疑惑の現場となった場所。ジョン・フェラーロ・ビルディングを越えて、遠回りしているのだが、110のフリーウェイの方へと歩いていく。ジョン・フェラーロ・ビルディングの向かいに、ツインタワー(ロサンゼルスの建築・安全部門の役所)が見えるが、その向かいが、ロス疑惑の現場となった場所だ。このツインタワーのある場所はフィゲロア・プラザというもの。
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ロサンゼルスと言えば、僕の世代の日本人には、1984年のロサンゼルス五輪、そしてロス疑惑の二つが連想される共有の事象だろう。僕は、自分が子供のころ、行くことなどできないと思っていた、そもそもいったいそれがどこにあるのかも分からなかったロサンゼルスを歩いてみて、いったいその場所はどういう場所なのかを確認してみたかったのだ。

当時の報道のひとつ。9:33でジョン・フェラーロ・ビルディングがはっきりと映る。このころはフィゲロア・プラザは建設されていない。ロス疑惑は1981年~82年。フィゲロア・プラザが作られるのは1984年である。


と、書いたのであるが、動画でも何か建設途中のようにも見えるし、そもそもなぜ1981年~82年の事件が僕の記憶に残っているのか(何度もこのブログに書いているが、僕にとって重要な年は1984年だ)、一瞬、疑問が頭をよぎったが、ロス疑惑についての記事を読み、すべてつながった。後にロス疑惑と呼ばれる事件が発生するのは1981年~82年にかけてのことなのだが、それが明るみに出て、疑惑としてヒステリックな報道がなされるのは1984年になってからなのである。

フィゲロア・プラザの二つのビルは、一つは1984年、もう一つは1990年に建てられている。上の動画では、一つ目を工事開始する間際なのだろう。

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現場となった場所は、新しくマンションが建っており、このように新しく生まれ変わっていた。ここがロス疑惑の現場である。
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さて、僕は土曜日の昼に訪れたのだが、新しくマンションが建ったとはいえ、その通りで歩いている人など僕しかいない。僕はロス疑惑の現場に訪れるために来たが、その目的がなければ絶対に来ない場所だ。これだけ映画のロケ地巡りのために、方々を歩き回っていながら、それでも絶対に通らないような道と言い切れるのが、ここである。マンションが建ったので平日は人がいるのかもしれない。しかし1981年~82年当時、ここにいったい何をしにくる必要があるというのか?当時、三浦和義氏がどのような説明をしたのかしらないが、とにかく疑惑が生じて当然だ、と現場に立ってみて思ったのであった。

Wikipediaのロス疑惑のページを見ると、ロサンゼルス中心部として、エンジェル・フライトを含む、カリフォルニア・プラザ、USバンクタワーの写真が使われている。それはただのイメージなのだ。その写真をなぜ使ったのか分からない。ロサンゼルスの華やかさ、三浦和義氏が演じた虚構を、Wikipediaも与えようとする。あるいは混沌とした都心のイメージを出したかったのだろうか。ここから歩いて行ける距離とは言え、実際のロス疑惑の現場は、人が通らないような少し離れた裏道のようなところにあるのだ。

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ローラの湖、ローラの山、そしてロッタの噴水 [建築&歴史 Buildings&History]

ハリウッドの歴史に関する本を読んでいた時に、マリア・モンテスという女優の名前を知り、もしかしてローラ・モンテスと関係あるのだろうかと、調べてみて、そのような事実は得られなかったのだが、ここ最近リストの本を適当に開いて読んでいることもあり、あらためてローラ・モンテス湖に行けないだろうかと思いを馳せたのだ。

このブログが、『フランツ・リストの回想』というウェブサイトの更新情報を書くために始めたブログであることなど、いまでは書いている僕自身が忘れているのだが、
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マラーガ・コーブ・スクール [建築&歴史 Buildings&History]

午前中、妻と子は英語を習いに行ってしまったので、どこかに出かけようと思い、行くところのリストに加えていたマラーガ・コーブ・スクールに行くことにした。マラーガ・コーブ・スクールは学校自体は1925年に開校、この建物は1926年に竣工。建築はアリソン&アリソンという事務所が担当。すぐれた建築として当時の西海岸での建築界の賞も受賞したそうです。この特徴的な塔はらせん階段状になっているようで、ベル・タワーだそうです。この建物自体は現在は校舎としては使われていない、とのこと。
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さて僕は、今日の午前中は、たいして行くところもないな、と思い、かといって家でビールを飲んでいることももったいない、と思い、大した感動を期待せずマラーガ・コーブ・スクールを選んだのだ。しかしいままでの経験から、とりあえず行ってみれば、何か予想していなかった発見があるかもしれない、と思って行ったのである。

そしてマラーガ・コーブ・スクールの近くの断崖から海を見ていた時、そこに今まで気づかなかったビーチを見つけたのだ。
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そのビーチについては次の記事で書くとして、そのビーチに行ってみて、二つの銅像を見つけることができた。一つは、いままでその存在を写真で知りながら、これまたいったいどこにあるのだろうかと見つけることのできなかったカエルの像である。タイトルはDreaming of the kiss、サンディ・ウォーカーに捧げる、と書かれており、調べるとトーランスの前市長ダン・ウォーカーの亡くなられた奥さんとのこと。
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これがダン・ウォーカー氏

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清澄庭園と芭蕉庵 [建築&歴史 Buildings&History]

もう明日にはアメリカに戻らなければならないのだ。さてその日本にいる最後の(どうせまた来るけど)日にどこに行こうかな、と思い、以前より、かなり以前より行こうと思っていた清澄庭園に行く事にした。素晴らしい庭園ですね。特に日本の庭園では水面に向かって伸びて行く樹々の作り出す風景がきれいです。

あちこちの岩に、札がつけられていて、何かと思ったら、この庭園では各地の珍しい岩をとりよせ、庭に配置したとのこと。以前より思っていたのですが、アメリカでは碑や、メモリアルは、加工しデザインされた彫刻であったりプレートであったりするのですが、日本では岩そのものに価値を見いだし、碑として使用したり、そのまま飾ったりする文化がありますね。

池にいる大きなスッポン。どこかの子どもたちが「すっぽん、すっぽん」と言っているので、「すっぽんじゃないよ、ミドリガメだよ」と思っていたら、本当にスッポンがいた。スッポンは英語で、Soft Schell Turtleと言うそうだ。なんでもスッポンの甲羅は柔らかく、その特性を活かして、物陰にうまく隠れたりするらしい。


清澄庭園は、当然、庭なので、散歩して風情を楽しんで終わり、と思い、また今日は夕方別の用事があったので、すぐに家に帰ろうと思っていたのですが、庭園内を散策していたら、なんと松尾芭蕉の有名な蛙の俳句の碑に出っくわした。

なんでもすぐ近くに芭蕉庵跡があり、もともとはそこにあったものをここに移したとのこと。これは行ってみないと損と思い、芭蕉庵跡を探すと、ゆかりの地がいくつも出てくる。僕は松尾芭蕉は、奥の細道のイメージから地方の人かと思っていたら、江戸を出発して奥の細道の旅に出たというわけなのだ。

これは清澄庭園の隣、清澄公園にある時計台。それほど古いものではないが、火の見櫓を模して造られたとのこと。芭蕉ゆかりの地の方へ行くと、まず萬年橋という橋にたどり着いた。

隅田川沿いを歩いてき、見つけた松尾芭蕉の像。

そして松尾芭蕉の像から数歩歩いたところにある、芭蕉庵跡の稲荷神社。
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東京都国立近代美術館 [建築&歴史 Buildings&History]

先日、パレスサイド・ビルを見に行って、また竹橋に行った。メトロの駅でスタンプラリーの広告があり、竹橋駅と東京都国立近代美術館でスタンプを押せば、ポストカードとハンカチがもらえるのである。それも楽しい目的であるが、その台紙に書かれた子どもの頃、父の切手コレクションで見た安井曾太郎の「金蓉」と、美術書で見た思い入れのある高村光太郎の「手」を見に行きたかったのだ。

美術館では日本の家という建築にフォーカスした展示を行っていた。子どもといっしょに行ったので、あまりじっくりと解説を読んだり、鑑賞したりもしなかった。
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外にあるイサム・ノグチの作品「門」。
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浅草 [建築&歴史 Buildings&History]

今日はどこにでかけようか、と思い、浅草の雷門を見に行く事にしたのだが、宿題をしたくない子どもに、「いっしょに行くか」と声をかけると、喜んで行く、とのことなので、一緒に行く事にした。これが有名な雷門の提灯。なぜこの提灯が日本を代表する観光名所になったのだろうか。それほど古いものでもあるまいに。しかし漢字、色彩、寺の門扉との絶妙なバランスが人を惹き付けるのだろう。底部を見ると、なんと松下幸之助の名前がある。調べると、この問も提灯も、松下幸之助が病気となった際、浅草寺に祈願したところ全快した、ということで、松下電器が寄贈したそうだ。非常に良い仕事をされますね。さすが。
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雷門の向かいにあるビル。浅草文化観光センター。先日新宿で見た安与ビルと印象が似ているが、これは隈研吾のデザインによるもの。
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ビルの全体を撮らなかったのだが、レンガつくりの趣のあるビルがあり、写真に撮った。これが「ちんや」ビル。ちんやというのは、明治時代より続くすき焼き屋さんだそうだ。そもそもちんやという名前が、それ以前に、狆などのペットを大名等に収めていた事からそのように呼ばれていたらしい。ビル自体は昭和50年竣工と、それほど古くない。
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これは鳩ぽっぽの碑。最初、有名な鳩ぽっぽの歌の碑かと思ったら、掘られている歌詞を読んでも、どうも知っている歌と違う。滝廉太郎作曲、東くめ作詞。有名な鳩ぽっぽの歌は作曲家作詞家不詳となっている。ちょっと関連が調べてみてもよく分らない。
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さて浅草寺を後にして、フィリップ・スタルクの傑作「うんちビル」を見に行こうと思い、隅田川の方へと歩いて行く。浅草は素晴らしいですね。素晴らしい観光名所になった。90年代は渋谷や新宿といった場所に人気をとられ、すっかり老人の町となっていたのだと思いますが、最終的には歴史のある町として東京の顔になった。

途中で、神谷バーという非常に趣のあるビルを発見。神谷バーは酒屋としてスタートしたのが1880年。現在のビルが出来たのが1921年。登録有形文化財となっている。
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神谷バーを調べていたら、ここが電気ブランの発祥の地だそうだ。そもそもこの得体のしれないネーミングの電気ブランをなぜ知っているのか覚えていない。いくつかの文学作品で言及されるからだろうか。調べると、電気ブラン、ブランの方はブランデーから来ている。そこになぜ電気なのか?なのだが、大正時代の当時「電気」という言葉自体が新しくハイカラなものとして響いたため、電気ブランと名付けたそうだ。

しかし僕には、この電気ブランという呼称は、飲み物に電気と付けられていることから、非常に異質な組み合わせ、言語感覚を覚える。それは椎名林檎がキャリアの初期に使っていた、勝訴ストリップ、無罪モラトリアムといった言語感覚、いやデストロンの悪意によって不本意にも組み合わされ生み出された怪人達、カメバズーカや、いまをときめくカズレーザーの由来でもあるカニレーザーといった語感。同じく仮面ライダーならば、ブラックサタンの奇怪人エレキイカこそ、電気ブランの親戚ではないか、と思わせるような語感なのだ。間違いない。電気ブランはブラックサタンの怪人である。もっと高尚な話しをしよう。ロートレアモンの「解剖台の上のミシンとこうもり傘」に代表されるシュールレアリスムの一手法デペイズマンと同じ効果を僕は電気ブランに見いだすのである。

さて神谷バーの向こうに見える、またもや大正ロマン、明治の文明開化を思わせる素晴らしい建築物。これは松屋浅草店。もともと、アールデコ調(?)の外観であったものが、その後、まさに高度経済成長期の建築に取って代わられ、ついこの間、改築をする際に、開店当初の姿に戻したそうだ。素晴らしい選択ですね。神谷バーと一緒に撮ると素晴らしい。
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そしてたどり着いた隅田川。僕はこの吾妻橋をずっと「あがつまばし」と間違って読んでいた。
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吾妻橋より見える、浅草の高層ビル。アサヒビールも思い切ったデザインをしますね。金色のアサヒビール・タワーの左隣は、なんと区役所だそうです。
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【秩父札所巡り】23番 松風山 音楽寺 [建築&歴史 Buildings&History]

秩父によく行くので、せっかくなので札所を全部行ってみようかと思いついた。1番から順に行こうにも、1番はどうも便が悪いので、何度も行った事のある音楽寺に行く事にした。

これが音楽寺の入り口。このようなお寺の入り口にある石の表札?は、なんと呼ぶのだろうか?調べると寺名石柱という呼称が出てくる。
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秋篠宮様が昆虫採集で訪れたそうだ。なんの虫を捕まえられたのだろうか?
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音楽寺はその親しみやすい名称の他に、秩父事件に縁ある場所としても訪れる価値がある。これが秩父困民党の碑。
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そして困民党の人々は、この鐘を打ち鳴らした後、町へ降りて行ったとの事。
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鐘には六つの観音様が描かれている。
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秩父札所巡り [建築&歴史 Buildings&History]

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23番:松風山 音楽寺 2017年8月14日
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