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QUOTES [その他 Others]

1.Nothing is written


2. Hope is a good thing, maybe the best of things, and no good thing ever dies.


3.It is not who I am underneath, but what I do that defines me.



ガーデニング [その他 Others]

別に熱心にガーデニングをしているわけではないのだが、僕が買った鉢植えの植物はなんだか元気にすくすく勝手に育っている。実は、いますんでいるところから引っ越さなければいけないのだ。本当はこれらの鉢植えは、庭に植え替えようと思って、空いているスペースの痩せた土を掘り返し、コガネムシの幼虫を取り除き、古い根っこを捨てていたのだが、急きょ引っ越しすることが決まったので、取り除いたコガネムシの幼虫はまた元に戻しておいた。元気に立派なコガネムシになってくれたまえ。

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これはバラ。どんどん新しいつぼみがでてきているので楽しみだ。

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オレンジ色のバラを買ったのだけど、赤いのが咲こうとしている。

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これも調子がよい。この花の名前、いままで知らずに買ったのだが、調べたら、まず仏炎苞という言葉を知った。要は真ん中にある雄蕊みたいなもの、これを肉穂花序(にくすいかじょ)というらしいが、これを仏に見立て、これを包む花のような葉のようなものを後光、仏の後ろに見える炎に見立てた語のようだ。僕はこの言葉から、筒井康隆の家族八景にでてくる紅蓮菩薩を思い出した。どうもこの花はオランダカイウというものらしい。

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これはオランダカイウの葉っぱにいた蛾。植物はこういった虫や鳥などを呼び込んでくれるからまた楽しい。

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これは僕が開花を待ち望んでいる極楽鳥花。ちっともその兆しを見せないが、新しい葉っぱがでてきているので、そのうち花も咲かせるだろう。

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僕の庭に生えていて、いつも紫色の花を咲かせ、ミツバチ、そしてハチドリを呼び込んでくれた木。結局この木は何という名前だったのだろう。今調べたのだが、ちょっと分からない。ライラック?桐?引っ越すまでには名前を突き止めたいのですが。

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これは最近、あちこちで咲いている花。アメリカでは庭師や、道路の植樹、花を植え借る人がきちんと機能していて、おそらく今はこの花の時期なのだろう。あちこちにこの花が植えられたようだ。調べると、アガパンサスという花。名前はギリシア語のアガペ(愛)とアントス(花)が組み合わさったもの。

憂鬱な時にすること [その他 Others]

ここ最近、会社に行きたくなく、周りはそこもかしこも敵ばかりで、本当に憂鬱なのだ。今日の朝、You Tubeで、「会社に行きたくない時の対処法」を誰か説明していないかと思い、調べたが、ろくなことも説明されておらず、そこで、いままでの経験から、ここに何をするかをまとめておこう。

1.シャワーを浴びる
2.歯を磨く
3.コーヒーを飲む
4.目の前を片付ける。片付けられない場合は、置き方を整える。
5.散歩する

こんなものだな。とりあえず。

「行きたいところ」というのもそれ単独のカテゴリーにしたらうまくいっているので、これも単独のカテゴリーにしよう。

先生のお話 [その他 Others]

中学生の頃、通常の授業ではなく、その時間(40分だったろうか、当時の一時限は)、特別に先生が「話」をしてくれる、という時があった。それは、なんだか特別な時間で、つまらない教科書の授業よりも、よっぽど生徒たちの印象に残った。30年が経過しても、僕はいまだにその時の話の内容、そしてその時の先生のしぐさ、その場の空気を思い出せる。ある時、数学の女性の先生、非常にまじめな先生で、その先生に生徒たちが「話」をして欲しいとねだり、先生が折れて承諾した時があった。その話の内容は、要約すると、あるとき先生が、女性の友達と話をしていた時、先生が「毛ガニ」の料理のことを話した、ところがその友達は実は自分の体毛のことを気にしていて、「毛ガニ」という言葉に心を乱され、不快な思いをしたという。先生の話の核心は、自分に悪意がなくとも、人によってはその言葉に傷つくのだから、言葉は難しく、言葉には気をつけよう、というそのようなテーマだった。

実は生徒たちはねだって聞くことのできた話が、そのような内容で、ひどく不満に思ったのだ。僕も非常に理不尽な話だと思った。「毛ガニ」の料理の話で、傷つくなんて、なんて身勝手なものか、と思ったのだ。

この言葉に対して過度に気を遣うあまり、使える言語が狭まってしまう、ということは筒井康隆がずいぶん昔から反対の狼煙をあげていた言葉狩りに通じるところがある。

僕は実は、この先生が話した「毛ガニ」の話を、最近よく思い出すのだ。アメリカにいると、アメリカ人が何気なく言う言葉、そこには悪意はないのだが、それに対して、勝手に傷ついている自分がいるのだ。

You Tube の動画について思うこと [その他 Others]

自分のYou Tubeのチャンネルを見ていていつも思うのだが、なんともまぁ反応というものが自分の意にそぐわないのか、と。僕のチャンネルは別に、アクセス数も何にもなく、チャンネルと称するのもおこがましいほどの、どうでもよいものなのだが、いつも不思議に思うことが、いかに反応が、自分が想定していたことと相反するのかということなのだ。

僕のチャンネルは、自分のギター演奏などをメインにアップロードしているのだが、ふと面白いことに気づいたのだ。それはどういうことなのかというと、自分がそれこそ数か月練習して、やっとこさっとこアップロードしたものが、まったくアクセスされなかったり、まったく評価されなかったりするのに対して、自分が適当にやってアップロードしたものが、やけに好評を博したりする、という事実なのだ。

とにかくYou Tubeというのは新しい性格を持ったメディアだと認識せざるを得ない。You Tubeで誰も2時間のフルコンサートや映画をすべて観たいとは思わない。せいぜい5~6分の動画、内容も軽く、一つの動画に、いくつもの要素が詰め込まれていないものが好まれる。実際自分もそういう動画を鑑賞している。1980年代に軽薄短小の時代という言葉が一時期、時流を風刺する言葉として使われたが、現在は、言葉を勝手に作れば、それは瞬透微細の時代とでも言わなければ形容のしようもないほど、ますますその傾向は加速しているのだろう。

時間を相対的に使うということ [その他 Others]

最近、奇妙なことをやり始めて、いや、その基本となる方法は、僕は大学生の頃からしているのだが、そのことが、最近おかしな様相を示し始めた、という表現が一番しっくりくる。″相対的な時間、絶対的な時間”、というテーマは僕には、どうやらことのほか重要なテーマのようだ。このブログのタイトルのパロディでもある『魔の山』が内包する主題の一つも、まさにそれであるし、つい何日か前にその生きる姿の動画を紹介した、僕が敬愛してやまないプルーストの作品のテーマにも、それは力強く流れている。そのことを以前、フランツ・リストのサイトの方でも記載したとおり、リストが作り上げた楽曲の様式の一つであるレミニセンスという手法も、このテーマに密接に関連する。

ダイエット [その他 Others]

アメリカに行ってから太ったことは認識していたが、また日本に帰ってきて、いままで2回と着用したことがない礼服がサイズが合わずに入らない、ということには非常に落胆した。というわけでなんとかウエストを細くしようと思うのだ。
2017年1月27日現在で
ウエストは84.5cm
体重は63.3kg
でした。

ちなみにアメリカに行く前の健康診断書が手元にあるのでみてみたら、
2014年5月10日
ウエストは68.5cm
体重は54.8kgとなってます。。。。

ここまで痩せる必要はないですけど、今の状態はやばい。


トイレの思い出 [その他 Others]

子どもの頃、トイレに入る前に、必ず「ゴキブリいんなよ」と叫んでから入るのが習慣であった。それは幼稚園児か小学校1年生の頃の話だ。古い団地であったからゴキブリにもたびたび遭遇したのである。その言い回しは、独特の抑揚があり、一種のまじないのようなものであったのだろう。一度だけ、そのまじないを唱えたにも関わらず、本当にトイレでゴキブリと遭遇したことがあり恐怖に慄いたことがある。

その後、僕は引っ越しをし、新しいマンションに引っ越した。ゴキブリの恐怖から解放されたからか、おまじないを唱えることはしなくなった。しかし代わりにやりはじめたのが、トイレの中で大声で歌うということだ。学校に行く前に、朝、トイレに入ると必ず大声で当時流行っていた歌謡曲を歌っていた。その歌声は隣近所に筒抜けであり、学校に通う班に合流すると、「お前今日、モンキーマジック歌ってただろう」と言われた。なぜトイレで歌っていたのか理由は忘れたが、今にして思えば、それも不安を打ち消すための行動だったのかもしれない。

自分の家の中でトイレが一番落ち着く、一番好きな場所だ、と主張する人は多い。そこまでではないが、僕もトイレは嫌いではない。中学生か高校生ぐらいからか、いつしか僕にとってトイレとは本を読む場所となった。マンガを持ち込んだ記憶がないので、ソノラマ文庫の夢枕獏や菊池秀行のジュブナイル小説を読みだした中学生の頃、また赤川次郎などの推理小説から始まり、様々な書物を読みだす高校生の頃から、僕はトイレに本を持ち込むようになった。

亡国、憂國、イーロイ、失われる言語 [その他 Others]

ある時、自分の文章がいかに醜い文章であるかに気づいた。気づけば僕の文章は半分以上が片仮名で埋め尽くされているではないか。西欧の文化が好きであるから仕方がないとはいえ、なんだかいささか失望した。

僕の日本語の能力は、僕の父から比べれば、おそらく半分以下程度しかないであろう。語句も知らず、漢字も知らず、豊かな表現や、格言、ことわざ等の知識も少ない。しかし父にしても、父のその前の世代と比較すれば、同じく劣っているはずなのだ。このように日本語の運用能力は、世代が交代するにつれ、半減するという速度で劣化しているのではないか?

言語は時代と共に変わるのであるから、使用される日本語の変化は別にかまわないのである、という意見も非常に支配的な、よく耳にする意見だ。しかし現在の変化の具合は、進歩、成長ではなく、明らかに劣化ではないか?

ここまであえてカタカナを使わずに記載した。「片仮名」のみカタカナと表記する方がこの場合ふさわしいのだが、それもわざと避けてみた。意固地になる必要もないが、カタカナを避けようと思えば、避けられるのだ。

固有名詞ですら、カタカナを与えることを先人たちは避けていたのだ。Bonnie&Clydeには『俺たちに明日はない』という、How to steel a millionには『おしゃれ泥棒』という題名を先人はそれぞれ与えたのだ。僕がこのテーマで常に思い出す作品はWhat lies beneathだ。ヒッチコック映画(あれほど秀逸な日本語題名を授与され続けた!)へのオマージュでもあったこの作品に、なんと映画配給会社は『ホワット・ライズ・ビニース』とそのままのカタカナを与えたのだ。何を考えたのか、何を狙ったのか知らないが、なんとも情けなく思う。過去のヒッチコック映画にも劣らぬような、大胆不敵な日本語題名を与えるべきであっただろう、と僕は今でも思う。

※この3つの単語には、それぞれ固有の問題が含まれているのだ。Whatの発音は近い日本語の表記ができない。LiesはカタカナにするとRiseなのかLiesなのかわからない。Beneathは前置詞のような形容詞だ。

※先人が映画の邦題にそのままカタカナを用いたとき、そこにはしっかりとした目的があった。有名な水野晴夫の『真夜中のカーボーイ』、事実を確かめたことはないが、ヘップバーンのCharadeがなぜそのまま『シャレード』になったのかは、Charedeの発音が、まさにヘップバーンに日本人が期待するところの日本語の″おしゃれ”と似ていたからだろう。




鮎の思い出 [その他 Others]

死んだ祖父は鮎釣りの名人だった。どれぐらい上手だったのか、など僕には相対的に評価する術などないのだが、祖父のすることは子どもの時分の僕の目にはすべてが輝かしいヒーローのように映ったのだ。鮎を釣らせれば右に出る者はなく、ゲートボールでは町内一の名手であり、菊作りでも数多の賞を獲得していた祖父を、幼い子供にとって尊敬のまなざし以外のどのような目で見ることができただろうか。

祖父は朝早くに近くの川に釣りに行った。僕はその朝釣りに一緒に行った記憶はない。毎朝祖父は生卵を飲み干し(それはまるで後年僕がブラウン管で目にするロッキーのように)釣りに出かけたのだ。寝ぼけ眼で夜明け間際の薄暗い時分に祖父が釣りの準備をしている姿を僕は寝床から見ていた記憶がある。釣りから帰ってくると、祖父は裏庭で魚をさばいていた。祖父からその時教わったことがある。「ほら、これが魚の浮袋だ」。それは何か白いぶよぶよしたもので、浮袋のイメージとしてどうしてもドーナツの形状を思い浮かべてしまう子供の僕には不思議なものに見えたものだ。

朝ではなかったが、何度か祖父の釣りに連れて行ってもらった。祖父は鮎を狙っていた。それ以外の小ぶりの魚を、祖父はすべてザコと呼んでいた。僕はいまだにその魚の正式名称を知らない。ザコ以外の呼び名を知らないのだ。祖父は鮎を釣るのに川にいる虫を餌として使っていた。石をひっくり返すと、そこに川に生息する虫たちがうごめいていた、僕は餌とりだけは協力できた。餌にも名前がついていたが、ほとんど忘れてしまった。唯一、黒色のイモムシのようなものを、祖父はクロッカワと呼んでいた。ザコと同じく、僕はいまだにクロッカワの正式名称を知らない。

鮎の釣りの技法として、生きた鮎をオトリとして使用する、というものがある。祖父はその技法は使わなかったし、僕も自分の目でその方法を見ることはついぞなかったのだが、その釣り技法を僕は“友釣り”と言っていた。僕のイメージでは”共食い”から来る語感であった。僕が使った呼称が″友釣り”であったのか”おとり釣り”であったのか、どちらか忘れてしまったが、


僕が子どもの頃、祖父母の家に泊まりにいったとき、僕は祖父の布団に潜り込み、眠るまで祖父はよくホラ話を聞かせてくれた。鮮明にそれらの話を、映像として思い浮かべることができるということは、祖父は話の名手でもあったに違いない。

覚えている話は二つある。一つは祖父が山に山菜を取りにいったところ、まずスズメバチの群れに襲われるという話、そしてやれやれと思い腰かけた大木が、実は大蛇であり、それに追いかけられるという話。

もう一つは、戦時中に、米軍機に空襲を受けているとき、家族(それは幼いころの僕の母も含まれる)を防空壕(それは僕のイメージでは広い野原でただ穴を掘ったようなものだ)に逃げ込ませ、祖父が一人で、表に立ち、米軍機に立ち向かうという話だ。

どちらもホラ話だ。うすうす僕もホラだとは気づいていたのだろう、祖母が「くだらない。またそんな話をして」とつぶやいていた記憶も残っているからだ。

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