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ヴァイオリン・フェイズを使った道化師のパフォーマンス [芸術 Art]

『私のチャップリン』を読んでいたら、チャップリン自身が、どうしても適わないと認めた道化師としてグロックという伝説の道化師の名前を挙げていた。そのグロックの演技をYou Tubeで見ていたのだが、お薦めの動画で、次のものがでてきた。





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共通テーマ:音楽

David Bowie's Elephant Man [芸術 Art]

今の時代、興味さえ持てば、あらゆる知識、あらゆる感動を手に入れることができる。まさかデヴィッド・ボウイのエレファント・マンの一節がYou Tubeで公開されているなんて。僕はいままでこの映像を見たことがない。この知識、この感動につながるための、知識と行動の連鎖は


ルドルフ・ヴァレンチノの像、デ・ロングプレ公園 [芸術 Art]

以前から、自分の行きたいところリストにも加えていた、ルドルフ・ヴァレンチノ像。チャップリンのスタジオのあったデ・ロングプレとチェロキーアヴェニューの交差するところにあります(チャップリンのスタジオは、デ・ロングプレとラブレアの交差点)。

僕がルドルフ・ヴァレンチノの像を知ったのは、妻がグリフィス天文台で買った、天文台の本からでした。今、改めてその本を出し、調べると、グリフィス天文台にある有名な天文学者達の像はアーチボールド・ガーナ―によってデザインされ、その像の製作には5人の彫刻家が選出されたとのこと。デザインはガーナ―によるもので、その5人がそれぞれどの天文学者を作ったかは知られていないそうです。

彫刻家は、ゴードン・ニューウェル、ディジェイ・エル・ディジェイ、アーノルド・フォースター、ジョージ・メイトランド・スタンレー、そしてロジャー・ノーブル・バーンナム。

このロジャー・ノーブル・バーンナムの他の作品がルドルフ・ヴァレンチノ像になります。ヴァレンチノ像は、グリフィス天文台の天文学者像と同じくアールデコスタイルです。
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すぐ隣にあるヴァレンチノの顔の像。作家を確認してくるのを忘れました。
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デ・ロングプレ公園は、僕が行ったとき、まだ2時30分ぐらいでしたが、犬の散歩に来ている人ぐらいで、さびれた公園になってしまっていました。
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バーンナムの他の作品では、USCにあるトミー・トロ―ジャンがありました。
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共通テーマ:映画

楠木正成とコシューシコ [芸術 Art]

土曜日の午前中はまだ日本にいて、皇居の周りをアメリカ人の同僚を案内してあげたのだ。三菱一号館とか、明治生命館といった建物を見せても、特に関心を示さず、ただ楠木正成の像には、さすがに日本らしさを感じたのか、写真をとっていた。
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さて僕は、その土曜日の午後は、ロサンゼルスに帰ったのだ。時差があるので、ロサンゼルスにはカレンダー上では過去に戻り、土曜日の午前につく。そして1日家にいたあと、なんと僕は日曜日のAM4:00に家を出て、またLAXにいったのだ。
AM4時のパイロン。
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そしてテーマ・ビルディング。
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そして僕が行った先は、シカゴなのであった。ミシガン湖のとなりの公園で、日曜日の午後に、今度は、コシューシコの像を写真にとった。土曜日に楠木正成、日曜日にコシューシコなんて、なかなか実施する人はいないだろう。
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ジャグリング  リンゼイ・ベナー [芸術 Art]

先日、マジック・キャッスルに行ってきたと書きましたが、すべての演者が素晴らしいのですが、その中でもひときわ印象に残ったのが、リンゼイ・ベナー Lindsey Benner というジャグラーです。ジャグラーでもあるしコメディエンヌでもある。司会者がリンゼイ・ベナーを紹介するときに、"チャップリンのような”と言っていましたが、そのとおりパントマイム、無言劇によるショーを見せてくれます。リンゼイという名前から、おそらくリンゼイ・ケンプに影響を受けたのでは?そしておそらくはその真っ赤な衣装は、もしかしたらケイト・ブッシュにも影響を受けているのかもしれない。

↓これは僕が見た演目に近いもの。この動画は実際マジックキャッスルでの舞台です。


↓こんな無茶なこともやってる。


というわけで僕はこの人のショーをみて、お手玉3個をできるようになりたい、と思い、先日アマゾンでジャグリングの玉を注文したところ、今日届いていたのだ。さっそく練習し出したら、けっこう出来てきた。何回ボールを投げるか、というカウントでは、早くも今日の時点で、6回ぐらいはできた。

↓僕が参考にしているお手玉の動画。わかりやすい。ボールができるようになったら、あのボーリングのピンみたいなのも買おうっと。



James Bond, Twiggy Toyota 2000GT, "Minority Report" Lexus 2054 [芸術 Art]

Yesterday, I attended the business seminar. That was held at Toyota museum in Torrance. My pleasure thing is visiting the museum itself while a short break. This is the second time for me to visit this museum. I've known Toyota 2000GTs are exhibited in this museum. I'm not a big fun of cars itself. Recently, I became to like driving when started to dive in here, but from younger age, I didn't have much interest about cars. But if the car related to Movie, it is a different thing. I'm a movie buff. Why I know Toyota 2000GT? Because this car is famous as James Bond car.

These photos are taken almost more than 6 months ago. Unfortunately, this time, this white one wasn't exhibited. This one is very resemble as James Bond used in the movie.
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This is a shot from "007 you only live twice". According to Wikipedia, current James Bond actor, Daniel Craig expressed his most favorite Bond car is this Toyota 2000GT.
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I found the short movie recorded at this Toyota museum. According to the speaker, Toyota 2000GT imported to US were only 54, and whole production of Toyota 2000GT in all over the world is 337 (Refer to Wikipedia, that number is 351) . Anyway, this car is very rare.


This red one is displayed always on the first place all visitors can see after entering the museum.
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At this time, I watched this gold one, and read about explanation on the panel. What a splendid thing! This gold one is called as "Twiggy", Because, in 1967, Tokyo motor show, a kind of trade show, was held in Tokyo, at that time, Toyota introduced this their magnificent, beautiful car with Twiggy attendance. And Toyota paid 5 million Japanese yen to Twiggy as attendance fee.
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This is the interesting Japanese short news at that time.


Very interesting, according to this news, Twiggy got 5 million Japanese yen and this gold Toyota 2000GT itself for her only 5 minutes attendance. if exchange those amount to current money, probably, Toyota 2000GT is 10 million yen and attendance fee is 20 million yen. almost $280,000!

Twiggy's nick name in Japan is "The Queen of miniskirt".

Gerda Taro [芸術 Art]

Due to visit Okamoto Taro Museum, I could know the interesting name of female photographer in history. Her name is Gerda Taro. She is a colleague of Robert Capa, and his lover too. Recently, her name become to be well known than ever. She had an acquaintance with Okamoto Taro, when he lived in Paris. Probably, she thought the sound of the name "Taro" is interesting. So, She took the name for her business name.

禁視の哲学 [芸術 Art]

今日「千と千尋の神隠し」を見ていて、ある点に興味を持った。物語のエンディング近くで、ハクと千尋が最後に別れるとき、ハクはこう言うのだ「決して振り返ってはいけないよ」。これはオルフェウスとエウリディーチェの物語と同じではないか。

見てはいけない、振り返ってはいけない、というテーマでこのハクと千尋のエピソードと一番近いのはオルフェウスとエウリティーチェだ。

ロトの妻、ソドムとゴモラの物語も同じだが、違うのは本人の動機だ。千尋とオルフェウスは、愛情、愛する人に対する別れを惜しむ、あるいは心配であるから、という共感を呼べるものであるが、ロトの妻は恐怖、あるいは純然たる好奇心だ。

このテーマは、「見るなのタブー」という言葉でWikipediaにも記載されている。「見るなのタブー」という用語に,まったく共感できないので、「禁視」という造語を使用する。英語にするならば、Forbidden Glance, またはForbidden Lookという語が妥当かもしれない。タブーとはそもそも宗教的,道徳的,社会倫理的な意味合いが強く、それは明文化されていない、強制力が本人の、あるいは社会のもつ宗教的、道徳的強制力に依存する意味合いを感じる。またタブーは、対象となる当事者間だけではなく、社会全体に普遍的に効力を発揮するものだ。しかしオルフェウスの物語も、千と千尋の神隠しでも、そこにあるのは,当事者のみに対して有効となる明確な「禁止」である。

「見てはいけない」というある行為の禁止が、このテーマの根幹であるならば、もっとバリエーションは広がる。
箱を開けてしまうという、浦島太郎、パンドーラも入ってくるだろう。また鶴の恩返しは、戸を開き除いてはいけない、ということ。部屋を箱と考えれば、鶴の恩返しも、浦島太郎と変わらない。戸を開き、覗くという行為ならば、レディ・ゴダイバの物語もあてはまる。

浦島太郎、パンドーラに課せられた禁止の命令は、オルフェウスや千尋に比べればはるかに守ることが容易であったはずだ。そこには見るという行為の前に、顔をその対象に向けるという行為の前に、蓋を開ける、戸を開くという動作を伴うからだ。

また隠された対象、見てはいけない、とされた対象によってもそれぞれのエピソードは類型に分かれる。

本人が対象を知らない
 1.恐怖
   ロトの妻(ソドムとゴモラ),パンドーラ

 2.正体
   鶴の恩返し,浦島太郎

本人が対象を知っている
 3.愛情の対象
   オルフェウス, 千と千尋

 4.??? 
   ピーピング・トム(レディ・ゴダイバ)

浦島太郎は玉手箱を空けた。その結果、老人になってしまうのだが、それは長時間が経過していたという現実に、夢物語から引き戻されるという意味で正体の項目に分類した。

ピーピング・トムの動機がよくわからない。

千尋は振り返らなかったのだが、千尋が振り返る動機はおそらくハクだ。しかしハクが禁じたのはおそらくあの世界そのものをもう一度みることであり、そこにハクは含まれていないはずだ。

メデューサの目を見ると石となり命を落とすという、設定も同じものと考えられる。見る者は、恐怖とおそらく好奇心から、メデューサの目を見てしまう。2010年に作られた,リメイク版の「タイタンの戦い」では、メデューサは元は女神であったという出自を正確に描き,美しい生き物として描かれている。そこでメデューサの目を見てしまい命を落とす戦士達の心理には,対象に対する恐怖とともに好奇心がそこにあることは確実だ。

鳥人、エルンスト、ケイト・ブッシュ、ブラウンフェルス [芸術 Art]

笑い飯が鳥人のネタで一世を風靡したのは2009年。僕の周りでも話題になったが、みな一様にチキンジョージとの類似性を指摘する程度だった。笑い飯の中西哲夫にインスピレーションを与えたのはチキンジョージでもなんでもなく、もちろんマックス・エルンストのコラージュ「慈善週間 または七大元素」である。その証拠に、鳥人は英国紳士風の様相である、と言っているではないか。中西哲夫が読書家であることは有名な話。エルンストのこの作品を知っていて全くおかしくない。
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さて、なんでこんな話しをしだしたのかと言うと、ケイト・ブッシュのディレクターズカットについているブックレットを見ていたら、エルンストの作品を元にした、またしても鳥人が現れたからです。
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となりの魚人は、エルンストの作品を見ていてもでてこなかった。この魚人。フィッシュ・ピープルと呼ばれ、ケイト・ブッシュのレーベル名でもあるようです。この写真を撮影したのはティム・ウォーカーという人。初めて知りましたが、ファッション雑誌他、かなり著名な方のようです。ティム・ウォーカーははっきりと、このエルンストの作品を下地にしている、と言っているようですね。そのような断定的な記述もネット上でありました。例えば次の絵など。
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鳥人つながりで、今、ブラウンフェルスのオペラ『鳥たち』を聴いてます。傑作ですね。美しい。
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この絵は、Pet Halmen という人の作品のようです。コスチュームデザイン画です。おそらく現代において『鳥たち』を上演した際のデザイン画でしょう。鳥が紳士であり、麗人である、というこのイメージの共通が興味深いです。ケイト・ブッシュの方で、新たに生み出されたフィッシュ・ピープルが、粗野な半裸であるというイメージとの比較も面白いですね。

MoMA highlights 350作品ガイド [芸術 Art]


div class="sonet-asin-area">ニューヨーク近代美術館350作品ガイド

ニューヨーク近代美術館350作品ガイド

  • 作者: Harriet Schoenholz Bee
  • 出版社/メーカー: MOMA出版局
  • 発売日: 2004/11
  • メディア: 大型本


図書館でぱらぱら見ていたら面白くて借りてきました。

最初はセザンヌの「水浴する人物」1885年の作品。MoMAって少なくとも20世紀芸術しか所蔵していないのかと思ったら、19世紀もフォローしてるんですね。

次が、マレーまたはドゥムニーの走る人の連続写真。ドゥムニーはマレーの助手だったそうで、どちらが撮ったか分からないそうです。馬の連続写真は有名ですが、同じ人でしょうか。調べると、馬の連続写真はエドワード・マイブリッジという人の作品でした。マイブリッジが生理学者のマレーに写真を教え、この人の連続写真が生まれたようです。

次はバルザック記念碑。これはロダンだ。力強く、荒々しい。素晴らしいですね。

次は映画の大列車強盗。見た事ないです。なんかMoMAに所蔵された映画というと「悪魔のいけにえ」ばかりよく言われますが、他にもたくさん、いわゆる名作映画、サブカルの映画でも所蔵されてますよ。

次はゴーギャンのノア・ノアからテ・アトゥア。なんか最近読んでいる諸星大二郎はゴーギャンとかにも影響を受けているのでは?

名画が続くな。こんなのもMoMAは持ってるんですね。ルソーの眠れるジプシー。

DADA Surréalisme 12 悪夢 [芸術 Art]

現在は、ブルトンの『シュルレアリスム宣言/溶ける魚』を読んでいます。『シュルレアリスム宣言』の方は、正直難しい。ほとんど理解できませんでした。一方、『溶ける魚』を少し読み進めたのですが、なかなか鮮烈なイメージに満ちていて楽しめます。少し読んでいると、このイメージは、実に絵画的だなと。他の小説や、詩と比較したわけではないのですが、“~色”という修飾が多い気がします。

そこで、このイメージに近いものとして、ほとんど連想として『ローズマリーの赤ちゃん』の悪夢のシーン。夢魔のシーンを思い出したんですよね。


ローズマリーの赤ちゃん

ローズマリーの赤ちゃん

  • 出版社/メーカー: Paramount Home Entertainment(Japan)Limited(CIC)(D)
  • メディア: DVD



次に、他に映画で悪夢を描いたものってないかな、と思った時、ちょうど『パイレーツ・オブ・カリビアン』のジャック・スパロウがたくさん出てくるシーンがまさにそうだなと。これは人格を分割した、多重人格のイメージ化のようなものです。
この同じ人物がたくさん出てきてしまう悪夢として、他に有名なのは、『マルコヴィッチの穴』。


マルコヴィッチの穴 DTSコレクターズエディション

マルコヴィッチの穴 DTSコレクターズエディション

  • 出版社/メーカー: アスミック
  • メディア: DVD



『ロスト・チルドレン』というSFファンタジーの傑作の冒頭でもサンタクロースがたくさんでてくる悪夢のシーンがある。


ロスト・チルドレン

ロスト・チルドレン

  • 出版社/メーカー: パイオニアLDC
  • メディア: DVD



『モモ』の時間泥棒もそうですね。同じ人間がたくさんでてきてしまう悪夢は、人格の分裂(パイレーツ、マルコヴィッチ)と、時間の混乱(ロスト・チルドレン)の二種類ある。モモの灰色の男が、やはり時間に関係しているのも面白い。


モモ

モモ

  • 出版社/メーカー: パイオニアLDC
  • メディア: DVD



『マトリックス・レボリューション』のスミスもそうですね。スミスはただのウイルス。時間と人格とは関係ない。ただ『モモ』の灰色の男と、エージェントスミスが、ともにスーツ姿の没個性なキャラクターという点が面白い。多重人格と没個性な人格がともに、同一の人間の増産ということにつながる。


マトリックス レボリューションズ 特別版〈2枚組〉

マトリックス レボリューションズ 特別版〈2枚組〉

  • 出版社/メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオ
  • メディア: DVD



あと同じ人物が大量に出てくる映画がもう1個ありました。スターウォーズ、エピソード2。ジャンゴ・フェットのクローンがたくさん。先に紹介したロスト・チルドレンでも、サンタクロースだけでなく、クローンが出てきますね。


スター・ウォーズ エピソード2 クローンの攻撃

スター・ウォーズ エピソード2 クローンの攻撃

  • 出版社/メーカー: 20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
  • メディア: DVD



DADA Surréalisme 11 PIXIES アンダルシアの犬 白い恐怖 [芸術 Art]

ダダ・シュルレアリスム関連は一つのタイトルで、芸術というカテゴリーに書いてきましたが、すでに音楽あり、文学あり、映画ありで、収拾がつかない。まぁいいや。

この前、ピクシーズのディベイザーを紹介しましたが、よくよく考えたら、この曲、シュルレアリスムに関連がある。歌詞が、『アンダルシアの犬』のことを歌っているんだよね。ルイス・ブニュエルとダリが作った歴史的名画。ブラック・フランシスが叫んでいる歌詞は、“目玉をスライスする”と“アンダル・シアン”。『アンダルシアの犬』というタイトル自体がダダ・レトリスム的で、“アンダルシアン”という言葉が、“アンダルシアの犬 Un chien andalou” という言葉に分解される。


アンダルシアの犬

アンダルシアの犬

  • 出版社/メーカー: アイ・ヴィ・シー
  • メディア: DVD



このDVDで僕は観たのだけど、確かずいぶん呑気な音楽がつけられていた気がするな・・・。

ディベイサーは、この前紹介したので、僕がピクシーズの曲の中で一番好きなヴェローリアを。テルミンが使われていて独特な浮遊感覚のある曲。テルミンという楽器自体がまた、20世紀初頭のダダ・シュルレアリスムにとってはタイムリーな楽器だったはず。そしてヴェローリアのビデオでは、そんな小難しいことは考えずに作ったと思うけど、実際の時間と、スローな映像というこれもまたシュルレアリスム的な独特な浮遊感覚がある。



名曲だな。名曲すぎる。ピクシーズは偉大すぎるバンドだ。


Bossanova

Bossanova

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Mobile Fidelity
  • 発売日: 2003/05/20
  • メディア: CD



シュルレアリスム→ ダリ → アンダルシアの犬 → ピクシーズ“ディベイサー” → “ヴェローリア” →テルミン

とつながってそこから話題はこのようにつなげよう。テルミンをつかった音楽で僕がまた思い出すのはミクロシュ・ローザの“白い恐怖コンチェルト”だ。



『白い恐怖』はヒッチコックの映画で、心理学の要素を取り入れた素晴らしい作品。この映画で超現実的なセットを担当したのがまたダリなんだよね。

テルミン → ローザ → 白い恐怖 → ダリ → シュルレアリスム

DADA Surréalisme 10 音楽のシュルレアリスム [芸術 Art]

以前、「他の芸術諸ジャンルにはある主義で、音楽にはないもの」とは何か、と考えたことがあり、真っ先に思い浮かんだのが“写実主義” “リアリズム”でした。

写実主義とは、現実の汚さから目を逸らさない主義、だとするならば、音楽の写実主義は、ノイズとか不協和の世界になりますが、いまいち説得力が弱い。

最近、ダダ・シュルレアリスムのことをいろいろ読んでいて、また面白いことに気がつきました。音楽のシュルレアリスムというのも、なんだかありそうでないですね。

面白いと思いませんか?写実主義と、その正反対の超現実主義が、音楽ではなかなか思いつかない、という点。

音楽のダダイズムとして、ジョン・ケージを指摘しました。
では音楽のシュルレアリスムは?

僕は正直、クラシックの世界では思いつかない。シュルレアリスムは、狂気を肯定し、超現実の作品化を目指すことで、
ファンタジーと結びつく。そしてその意欲は、交霊術や、ドラッグの力にも手を出させる。

ドラッグの力。・・・・音楽のシュルレアリスムは、サイケデリックという形となって、ポピュラー音楽のジャンルで形作られたのではないでしょうか?

僕は音楽のシュルレアリスムの傑作として、ビートルズのレボリューション9を推します。

サンプリングはまるで、エルンストやダダイストたちのコラージュに近い。


DADA Surréalisme 9 Nadja [芸術 Art]

『ナジャ』を読了しました。非常に美しい作品で、一つの恋愛心理ものの小説として普通に傑作です。なぜこれがシュルレアリスムなんだろう?

ブルトンは、『シュルレアリスム宣言』の最初の方で、情景描写の退屈さを攻撃するにあたり、プルーストの名前を出しています。巌谷國士氏の注解では、ブルトンはプルーストの『失われた時を求めて』の校正を手伝ったこともあるにも関わらず、プルーストには最後まで共感できなかった、とのこと。

でも僕には、『ナジャ』が非常に『失われた時を求めて』に似ている印象を受けるんですよね。

結局、20世紀の芸術というのは、それぞれみな、それぞれの方法でもって、反理性、反意識、反現実の運動を行った気がします。ダダ、シュルレアリスムは当然。プルーストも無意思的回想の追及ということを行ったはずです。ブルトンとは違う方法論で、反意識を目指したはず。

さて『ナジャ』はどうしてシュルレアリスムなのか?誤読だとは思いますが、僕の個人的見解を述べれば、ナジャの存在そのものがシュルレアリスムなのだ、と。つまり作中の“ナジャ”という人名をすべて“シュルレアリスム”に置き換えることができるのではないか。ブルトンは一つの恋愛の個人的経験を普遍的な象徴のレベルにまで昇華させることに成功しているのではないでしょうか。


ナジャ (岩波文庫)

ナジャ (岩波文庫)

  • 作者: アンドレ・ブルトン
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2003/07/17
  • メディア: 文庫



DADA Surréalisme 8  Marcel Duchamp/Fountain [芸術 Art]

マルセル・デュシャンの有名な『泉』。今まで写真でしか見たことなかったのですが、YOU TUBEで実際に展示されている風景を観ました。そこでいままでに気付かなかった発見がありました。



このデュシャンの『泉』。芸術活動上の様々な問題提起をしてくれるので、今でも多くの人が注目しています。上記の動画を見て、僕が思ったのは、この『泉』は、“展示されなければ芸術になりえない”ということです。やはり行為が重要になる。いや行為というより展示されているという状態が重要。この『泉』、たとえば自宅の机の上にあったらどうでしょう?たとえそれが歴史的なまさに本物の『泉』であったとしても、それはガラクタです。『泉』は静謐な美術館で、整理された空間において、磨かれた展示台の上にあってこそ価値がある。その美しい秩序だった空間の中に、『便器』があるという効果がきわめて重要です。

そして僕はシュールレアリスムの重要な詩句を思い出す。

“解剖台の上での、ミシンと雨傘との偶発的な出会いのように!”
(『ロートレアモン全集』 ロートレアモン伯爵著 石井洋二郎 訳 ちくま文庫 2005年発行 P278)

デュシャンの『泉』に置き換えて言えば、これは

“展示台の上での、便器と泉との偶発的な出会いのように!”

ではないでしょうか?

ロートレアモンの詩句も一見、ランダムな言語選択に見えながら、そこには『解剖台』(糸、はさみ、切る、血、液体)=『ミシン』(縫う)=『雨傘』(水を防ぐ、布)という、イメージの関連をぎりぎり存在させ、受け手にイメージを共有させることを可能としている。デュシャンも同じ。『便器』という水に関連する最も汚いイメージと、『泉』という水に関連する美しいイメージを関連させ、芸術と受け手が完全に断絶しないぎりぎりのところを狙っている。

これがダダ・シュールレアリスムでしょう。



ロートレアモン全集 (ちくま文庫)

ロートレアモン全集 (ちくま文庫)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2005/02/09
  • メディア: 文庫



DADA Surréalisme 7 Dreams that Money can Buy/Marcel Duchamp, John Cage [芸術 Art]

マルセル・デュシャンがジョン・ケージの音楽を使って、映像作品を作っていました。このケージの音楽も、“マルセル・デュシャンのための音楽”といって、ただデュシャンがピックアップしただけではないようです。このフィルムはWIKIPEDIAの記述によれば、1947年にハンス・リヒターが監督し、マックス・エルンスト、デュシャン、マン・レイといったシュール・レアリスト、ダダイストと協力して作ったオムニバス作品のようです。デュシャンの作品は“DISCS”というもの。

http://en.wikipedia.org/wiki/Dreams_That_Money_Can_Buy



この回転の与える感覚は、ヒッチコックの『めまい』のようです。ダダを追いかけると20世紀芸術のほとんどにつながる気がしてきました。

DADA Surréalisme 6 /Nadja [芸術 Art]

ブルトンの『ナジャ』は冒頭はよくわかりませんでしたが、物語がなんとなく始まると読みやすいです。まだほとんど進んでいないのですが、なんとなくプルーストのような印象も受けます。


ナジャ (岩波文庫)

ナジャ (岩波文庫)

  • 作者: アンドレ・ブルトン
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2003/07/17
  • メディア: 文庫



僕が読んでいるのは、改訂版のためツァラに対する批判が削除されているものです。訳者の巌谷國士さんが本の半分にもわたる詳細な註解をつけられているので、ツァラ批判の文章も読めました。

ブルトンのツァラに対する批判、「髭の生えた心臓の夕べ」の顛末は、ブルトンの言うことに理解はできるけど、ツァラに同情します。読み終えた『ダダ・シュルレアリスムの時代』に書かれていたのですが、ジョルジュ・バタイユがブルトンについて、こんなことを言っている。

“アンドレ・ブルトンは、自分の話を聞く者たちには沈黙を要求するが、彼のほうは口を閉じることがない。だから、私は黙っていなければならないばかりでなく、計算された、気どりのある、たくみにすこしずつ大きくなるブルトンの声だけを聞かされるはめになった。”
(『ダダ・シュルレアリスムの時代』 塚原史 著 ちくま学芸文庫 P271 2003年発行)

これなんとなくわかります。ブルトンの容貌を見るだけで、想像できる。シュルレアリスムの帝王ブルトン。そしてバタイユは、帝王ブルトンを“鷲”と呼び、自分のことを“モグラ”と呼ぶ。
このバタイユのブルトンに対する反感というのは、ショパンのリストに対する、あるいはアーサー・キラー・ケインのデヴィッド・ヨハンセンに対する反感と同じようなものでしょう。

ナジャの挿画を、モノクロで実写で撮影した素晴らしい動画がありました。鑑賞者から素晴らしい評価を得ています。



DADA 5 SATIE/Vexations [芸術 Art]

塚原文『ダダ・シュールレアリスムの時代』を読了しました。仕事が忙しくなってから、読書なんてまったくできなかったのですが、ほんと1年ぶりです。面白い本でした。現在、ダダ・シュールレアリスムに俄然興味が出てきたので、引き続きブルトンの『ナジャ』を読みだしました。

下で、サティ、ストラヴィンスキーのことを“前衛の匂い”と書きましたけど、あくまでもダダのレベルと比較してです。前から思ってたんですけど、音楽ってなんでか知らないけど、他の芸術諸ジャンルに比べると、時代が遅れる気がします。文学や美術において、あるムーヴメントが始まっても、それが音楽のレベルで表現されるのは、いつももう少し後になってからの気がします。

あまりサティの音楽を知らないんですが、サティの音楽の中で、ダダ的だなと思うのはヴェクサシオンでしょうか。ただ音の印象は非常に美しく聴きやすい。行為としての芸術がダダ的です。

なんとこのアルミン・フックスという人、28時間ぶっとおしで、一人でヴェクサシオンを演奏。いままでに6回もだそうです。


DADA 4 [芸術 Art]

『ダダ・シュールレアリスムの時代』を読み進めています。とても面白いです。理解しがたいのが、トリスタン・ツァラがパリ・ダダの終結後に、政治的な活動に入り込む点。シュール・レアリスムが共産主義と一時活動を共にするのもよくわかりません。芸術における革命という点が、レーニン、トロツキーの思想と結びついていくようですが・・・。言われれば、頭で理解できても、シュール・レアリスムの芸術世界というのは、どうしても政治と同次元では理解できないな。

あと塚原史氏は、全体主義とダダ、シュールレアリスムとの関連も書かれていてるのですが、全体主義、特にナチズムからまっさきに退廃芸術の烙印を押されるのがダダ、シュールレアリスムではないのでしょうか。

塚原氏は、ベンヤミン等の『複製芸術』が既存の芸術概念を根底から揺るがす、という点から論述がスタートするのですが、ダダの『帽子のなかの言葉』の作詞法を、『複製芸術』のバリエーションとしています。確かにコラージュという方法は複製芸術かもしれない。けれど、論述の全体の流れで、ダダが短期間のうちに影響力を失っていく理由として、似たようなことの反復が、結局『行為』そのものを芸術とするダダから、影響力を奪い去っていくということが読み取れます。観客がダダを楽しみだしてしまう、という感じ。ダダとは反復、複製がありえない芸術だったのではないでしょうか?

以前の投稿で紹介した、バルの衣装を着て、ダダ(ツァラ?)と叫んでいる、最近のイベントですが、ハッキリ言ってなんの毒も、影響力もない、ただのダダを楽しむという余興にしかなっていない。ダダへのノスタルジーか憧れか。(もともとこのイベントが、当時のダダと同じようなインパクトを目指しているわけではないので、非難しているわけではありません)。

パリ・ダダの最後のイベントとして、「髭の生えた心臓の夕べ」のプログラムが載っています。音楽に興味があるのですが、サティ、ストラヴィンスキーといった名前が出てきます。前衛の匂いはしますが、あくまでも匂い。ダダと同次元の作風をした人たちではない気がします。むしろ同時代ならばシェーンベルク、後世になればジョン・ケージがダダの方法に近くなるのではないでしょうか。

ケージの4分33秒。有名な作品です。この演奏模様。指揮者も途中で笑ったり、観客も上品な(!)笑いを浮かべてさえいる。はっきり言って、この演奏は失敗でしょう。俗っぽい。ケージの4分33秒も、ダダと同じく、反復、複製を許さない、1回かぎりの行為の芸術なのではないでしょうか。喧々諤々の騒ぎになれ、とは言いませんが、必要なのは既知であることの反応ではなく、初めてそれに接したときの反応が、4分33秒の空間に必要だったはずだと思う。




ファイヤーバード3 [芸術 Art]

『パスト・フューチュラマ』で見たカッコいいレトロフューチャーの車、ファイヤーバード3の動画がありました。まるでSF映画のようなCM(?)。このフィルム自体が50年代のクラシックSFの傑作のように見えてしまう。


これはもっと詳しくファイヤーバード1,2,3が紹介されています。


GMだけでなく、フォードも突拍子もないほどキレイな車を作ってますね。


バットマンのバットモービルの動画。なんて幸せなバットマンだろう!今のダークナイト、ビギンズの世界に比べたら。

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