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High Voltage Tatoo [その他 Others]

ラ・ブレアのチャップリンスタジオに行くと、決まって目にするタトゥーのお店がこれ。High Voltage Tatoo。数あるタトゥーのお店のうちの一つかな、とおもっていたら、ある日、ハリウッド内を観光する2階建てバスが、わざわざとまり、ツアー客が写真を撮っていたので、何か有名なお店なのだろうかと気になっていた。
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このお店はKat Von Dというタトゥー・アーティストのお店。彼女自身が、音楽業界や映画関連にも進出し、有名人であって、数多くのロック・ミュージシャンとも親交がある。



それよりもこのHigh Voltage Tatooというお店を舞台に、LAインクというリアリティ番組が作られ、それで有名になっている。このような感じ。


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硬貨の束にまつわる記憶 [その他 Others]

大切にしている数多くの記憶も、自分が死んでしまえば、それはこの世から消え去ってしまう、それは本当に存在したのかどうかという確証は心もとないものとなってしまう、というその感覚に、常に僕は興味を抱くのである。

僕は子どもの頃、おそらく幼稚園か保育園児のころ、ピンクレディーと話したことがある。ラジオの公開番組で、母に連れられて、なぜか観客席に座っていたのだ。僕は司会者から質問された。
「どこから来たの?」。僕は「団地」と答えた。それで会場の笑いをさそった。その後なぜか、納豆の話になった。自分が答えたことよりも、ピンクレディの二人が「ミーとケイも納豆好きよね」と答えたことを覚えている。

後年、しかしこの記憶を保証してくれるはずの母に話したところ「そんなことあったっけ?」という返答であった。あれは夢か現か幻か?こうなってしまっては僕の記憶も心もとないものとなってしまう。

アメリカでも日本でも同じことだが、小銭というものはどうにも使い道に困る存在である。使用するのも面倒であるため、日ごろ使うのは紙幣ばかりであり、こうして小銭は瓶や缶の中にたまりつづけていく。さてアメリカでは小銭をどのように紙幣に替えれば良いのだろう、と思い調べてみたところ、銀行でもらえる、Paper Coin Wrapperというもので、決められた枚数を束ね、それを銀行に持っていけば良いとのこと。

さっそく銀行に行く用事があったので、ついでにPaper Coin Wrapperをください、と言うと、大量にもらえた。もっと大きなものを想像していたのだが、非常に小さい。どのように使うのかもわからず、使い方をYou Tubeで調べて、ようやく理解できた。


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なかなか作りづらいと思いきや、不思議にも無造作に、何も考えずにコインを放り込んでいくと、自然と整列し束になっていく。銀行に持って行って、紙幣に替えたら、あれを買おう、これを買おう、と思いを巡らせ、たくさんできるかと胸を躍らせたのだが、結局のところこれしかできなかった。小銭ってたくさんあるように見えてそんなにないものなんだな。

さて、これを作りながら、ある記憶を思い出したのだ。

高校生か大学生ぐらいのとき、祖母が僕の家に遊びに来ていた。祖母がどこかに出かけるとき、「小銭の持ち合わせがなくてね、電車を使いたいのだけど、**ちゃん小銭あるかい?」と僕に聞いてきた。僕は自分の持っている小銭の束を崩して祖母にあげた。当時、僕は、本当に一時期だけ、小銭を整理するために、いくらかの束をつくり、それをセロテープで巻いていたのだ。そのテープを剥がし、束を崩して祖母に渡した。「ありがとう」祖母は、僕から小銭を受け取ると出かけて行った。

しばらくして祖母が帰ってきた。帰ってくるなり、このように行った「**ちゃんがくれた小銭のおかげでえらい目にあったよ」。聞けば、駅で切符を買おうと小銭を入れたところ、機械の中で小銭が詰まったのだそうだ。なんでもテープで束ねていたせいで、コインについていた粘着剤が悪さをしたらしい。祖母はそのようなことを言っていたから、おそらく駅員が機械を開け、詰まった小銭をとりだしたときに、原因を説明したのだろう。もしかしたら駅員は皮肉めいた、あるいは非難めいた口調で、祖母を怒ったのかもしれない。

田舎から出てきた祖母は、本当に赤面して、恥ずかしい思いをしたのだろう。当時、その話を聞いたとき、若造の僕は「ちぇっ、せっかく小銭をやったのに、何を言ってやがる」と思ったものだが、この時の記憶を忘れずに、いまでも持っているということは、当時やはり、祖母に対して悪いことをしたな、という罪悪感を持っていた証拠である。

僕にとって大切なこのような記憶は、今となっては、僕が語る以外、その存在を確信することはできないのだ。ましてや僕が死んでしまったら、永久にその記憶は失われるのである。
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ルミネ the よしもと [その他 Others]

あまりにも日本に行きたくない、と僕が連呼するものだから、妻が「何か行く楽しみをつくればよい」とのことで、僕にその発想はなかったのだが、お笑いのライブに行けば、と提案してくれた。なるほどそのアイデアがあったか。僕はお笑いはテレビで見るもの(今はYou Tube)という先入観が強すぎた。

さて生まれて初めてお笑いのライブというのを見に行った。新宿のルミネにある吉本の劇場。これを選んだのが、自分の好きな二丁拳銃とパンクブーブーがでるからであった。

まぁとにかく、出演者全員、さすがプロであって、全員面白かった。受けていない人なんていなかった。最初から最後まで笑う事ができた。

そもそも前説を担当した世間知らズという男女のコンビからして面白い。前説だけで面白い。
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(前説の時は写真をとってもいいんだよ!、となかば脅迫気味に二人が言うので、みんな写真とっていた)

後で調べたら、もうこの人たちは、ダウンタウンの番組などをでて、人気を博していた。この世間知らズは絶対に売れるな。面白い。ノンスタイルからもベタ褒めされている。

そんな前説からして受けているので、後から出てくる芸人は大変ではないかと思いきや、そこは百戦錬磨のテレビでもよく見る名の知れた芸人達、どんどん笑いをかっさらっていく。フルーツポンチ、GAG少年楽団、コマンダンテ、ペナルティ、二丁拳銃、ショウショウ、パンクブーブー、それと休憩を挟んで、吉本新喜劇の劇。

奇遇なことに、二丁拳銃のネタが、僕が昨日受けてきた人間ドックを題材にしたものであった。一番記憶に残ったのは、ペナルティのワッキーの濃いキャラで、最近のネタなのかと思ったらYou Tubeで検索すると、昔からやっているネタらしい。でも昔よりも、もっとインパクトが増している。

お笑いというのはもっと観客とステージが近いものなのかと思ったが、二丁拳銃のヘドロパパが音楽にのめりこんでいるように、非常に音楽に近い,演劇に近い、ひとつの作品としての現実とは別世界のショーの世界、音楽や、演劇に共通した空間なのだなということを初めて認識した。

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貴乃花の失脚 [その他 Others]

僕は貴乃花と同世代である。2017年から始まった一連の騒動について、相撲ファンでもない僕は、何も意見を持ってはいないのだが、実は貴乃花を応援していた。相撲協会側と貴乃花、どちらが正しいのか。僕は事実を知らないので、別に意見をすることもできないのだ。

しかし一連の貴乃花騒動に(それは本当は白鳳、貴ノ岩騒動、と言わなければならないのかもしれないが、数か月が経ったいま、その主役はもはや貴乃花である)、僕は自分が置かれた現況と重なり合わせ、まるで他人事には思えず、自分の姿をそこに投影してみていたのである。

「はたして自分のやっていることは正しいのか、間違っているのか」。そのように自身の姿を重ね合わせ貴乃花騒動を見ていた人は多いと思う。

繰り返すが、どちらが正しいのかということについて僕はジャッジできない。事実を知らないからだ。正直な思いを書こう。僕はこのように思っていたのだ。

「旧体制、悪しき慣習に対して反旗を翻す孤高の貴乃花。しかしあまりにも行き過ぎた正義であり、おかしな部分もある。」

貴乃花に全面的に賛成できるわけではないが、貴乃花が支持を集める所以は「悪しき旧体制を改善しようと闘う」という姿であろう。

その貴乃花が失脚した。僕は非常に自分の姿を重ね合わせ見ているのである。40代の半ば。貴乃花世代とはいったいなんなのか。一般的には氷河期世代と呼ばれ、第二次ベビーブーム世代とも呼ばれるのが我々だ。

それが意味することは実は、旧世代から教育を受け、それを悪しきものとして考え、新世代に継承することを拒んでいる世代なのである。

すべてのこの世代の者が注視していた貴乃花が失脚したことは僕に大きな影を落とした。
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Wikipedia ヒト [その他 Others]

ニュースの記事で読んだが、Wikipediaのヒトの項目に掲載する写真について長いこと議論が続き、ここ最近ようやく落ち着いたのだそうだ。記事は、その議論の価値、決着したその写真について、賛嘆の念を抱きながら書かれているようなのだ。記事内で、一方Wikipediaの創始者(?)は、その議論を「別にどうでもよい」というようにそっけなく感じていることに、記者は違和感を持っているようなことも読み取れる。

https://wired.jp/2018/03/18/how-wikipedia-portrayed-humanity/

結論から言うと、僕はWikipediaの創始者(?)に賛成である。このヒトの項目を読むと、ヒトを地球上の生物の一種として取り扱い、他の動植物と同じ次元で書かれているのだが、僕はではこの議論が長いこと決着しなかったのならば、犬や猫、蛇などはどうなのか?と思い調べてみた。

なんのことはない。いろんな犬の写真を並べているに過ぎない。
https://en.wikipedia.org/wiki/Dog

猫も同じ。
https://en.wikipedia.org/wiki/Cat

蛇も同じ。
https://en.wikipedia.org/wiki/Snake

魚は、なんだか微妙だが、集合写真である。
https://en.wikipedia.org/wiki/Fish

これでいいではないか?なぜ10~20種ぐらいの人間の写真を使わず、このようなことに収拾がつかなくなることが分かりきっている人間の項目(犬の項目で、たとえシェパードを代表で使ったとしても、プードルが「おいおい!でかくなければ犬じゃないなんて言うのか!差別だ!」などとは吠えない)で、わざわざ1種、2種の人間に絞りこむことに躍起になっているのだろうか?

この記事でもおかしな論理がかかれている。かいつまんで言えば「白人というマイノリティが人類の代表となって良いのか?」というようなことが、さも当然のような論理で書かれているが、この記事の文脈上は、通じているのでだまされてしまいそうになるが、論理的におかしいだろう。これは地球上の人類の不可思議な歴史として白人がカースト上位に位置してしまっているから、成り立つような文章なのだ。純論理的には、これは「人類の代表はマジョリティでなければならない」などといういみじくも、まさに差別主義者の論理ではないか。
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少しばかりドアを押してみるということ、面倒くさがらずに一歩踏み出すということ [その他 Others]

過去に何度も書いたことなのだ。今日、僕は、やはりタイトルに書いたとおりのこと、「ああやはり少しばかりドアを押してみる、面倒くさがらずに一歩踏み出す、ということをすると、必ず何か得るものはあるな」ということを体験したのである。

自分の子供も、例えば僕から何かを提案すると「別にいい」「どっちでもいい」という返答をするのだ。そこには本当にその心理もあるのだろうけれど、実は「面倒だ」という心理、さらには実は「不安」「緊張」「恐怖」から来る「逃避」がそこに隠れている。僕はそのような子どもに、「少しばかりドアを押すだけで、何か必ず得るものがあるのだ」ということを教えたいのだ。

僕がこのことを初めて認識し、文章にしたのは、次の記事である。
http://fuyublog.blog.so-net.ne.jp/2013-12-14
この「花の向こうにいる猫」という経験を、僕は事あるごとに思い出すのだ。

例えば、つい最近書いた記事。思いもがけずに見つけたアカデミー賞のプレートも、実は原点は、「花の向こうにいる猫」の経験、そしてその後の無数の同じような経験が、僕をそこに導いたのだ。
http://fuyublog.blog.so-net.ne.jp/2018-01-21

この記事も同じことだ。
http://fuyublog.blog.so-net.ne.jp/2017-07-09
http://fuyublog.blog.so-net.ne.jp/2017-07-04-1

そもそも、この今書き進めているこの記事の一つ前、ゴールデンベアの話も同じことだろう。
http://fuyublog.blog.so-net.ne.jp/2018-01-21


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ゴールデン・ベア [その他 Others]

ナショナル・ヒストリー・ミュージアムで見つけた新しい知識。鉱石のコーナーがあって、おそらく一番人気のないコーナーだと思うが、そのような場所で、たまたま顔を近づけて、見てみた展示物の一つが興味深いものであった。

そもそも鉱石の展示物を見ていると、サンディエゴ産というのが多い。そこでつながったのが、カリフォルニアはそもそもゴールドラッシュに代表されるとおり鉱石採掘のメッカである、ということだ。

さてそのたまたま見つけた展示物。たいして人目を引くような展示もされず、無数の展示物のうちのひとつでしかない。それは熊の形をしているのだ。
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連休6日目 [その他 Others]

もう昨日、今日と失速気味である。しかしこれでよいのだ。毎日クライマックスでは体がもたない。次のクライマックスは年末に取っておこう。今日は8時ぐらいに起きて、いろいろやっているが、お昼過ぎには出かけるつもりだ。

昼には出かけて、『素晴らしき哉、人生!』のロケ地とカーペンターズのNow & Thenのカバージャケットの家の場所に行ってきた。帰りに吉野家に行き牛丼を買って帰り、さて今日は家でいろいろやって充実するぞ、と思いきや7時ぐらいに寝てしまう。

デスバレーに行ったまでは充実していたのだが、残りの2日間が失敗した感が強い。長期休暇を充実させるためには、例えばソナタ形式の音楽のように緩急を最初からプログラムしないと、うまくいかない。行ってみればこの4日間はまるで、アレグロ・コン・ブリオ - プレスト - アダージェット - アダージェット というような感じになってしまったのだ。

あと、平日を勝手に休日と思い込ませる遊びはもうやめよう。オンとオフの切り替えがうまくできなくなる。せめて休日前の日の夜を、「休日前の夜」として(それは普通のことである)充実させる、ということにしよう。

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ギフトラップ!2017 [その他 Others]

子供のクリスマスプレゼントをラッピングした。いつも包装のための材料は、パピルスというステーショナリーショップで買う。
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僕がサンタクロースの存在が虚構である、と知ったのは小学校4年生の時だ。うすうすは気づいていたのだ。その朧げな疑念にとどめを刺したのが兄だった。兄は小学校6年生。クリスマス前のある日、兄が僕を呼んだ。

「お前、サンタクロース信じてるの?」
「もちろん信じてるよ」
「馬鹿だな」
「なんでだよ!怒るぞ!」
「ははっ、よし俺が教えてやる。こっちへ来な」

兄は僕を和室の襖の前に連れて行った。

「ほら見てみろ」。

兄が開けたその押し入れの中には、僕の親が用意していたクリスマスプレゼントが隠されていたのである。それはクリスマスの日に明らかになるのだが、大きなルーレットだった(僕の母は自分の欲しいものをクリスマスプレゼントに選んでしまうという、面白い癖があり、それは僕にも脈々と受け継がれている)、クリスマス当日の兄がどのような表情をして僕を見たかは思い出せない。

息子は、どうやらいまだにサンタクロースを信じているらしい。しかしうすうす気づいているのだろう。だから、うちの子にサンタクロースが来るのも今年が最後だろう。

以前にも書いたが、僕はラッピングができる。誰でもできるようなキャラメル包装ではない。パタパタと折りたたんでいく由緒正しい正式な美しいラッピングである。http://fuyublog.blog.so-net.ne.jp/2016-12-25-2

以前の記事に書かなかったが、ラッピングができるようになりたい、と思ったことには、実は別の、もう一つの理由がある。

僕の叔母がラッピングのプロフェッショナルだったのだ。僕の叔母は伊勢丹に勤めていた。僕の祖母、つまり僕の叔母の母にとって、自慢の娘だったのだろう。田舎者の祖母にとって娘が伊勢丹に勤めているなどということは、おそらく最高の自慢話であって、近所中に言いふらしたに違いない。僕の母が、僕が現在ロサンゼルスに在住しているということを得意に思い、近所中に言いふらしていることと同じことだ。

祖母が僕に新聞の切り抜きを見せてくれたことがある。何の新聞か思い出せない。祖母は読売新聞をとっていたから、読売だったのかもしれない。それは「上手な包装の仕方」とかいったHow Toの記事だった。記事の内容は思い出せないが、伊勢丹のラッピングが上手な人に、ラッピングの仕方を教わりましょう、という特集だったのだ。そこには写真がひとつあり、包装している写真、そして女性の手が写っていた。祖母が教えてくれた。

「これはあの子の手なんだよ。包装が一番上手だからって選ばれたんだって」

いまでも、その色褪せた新聞の切り抜きを思い出せるほど印象に残っているのだ。だからこそ、本屋でアルバイトをしていたとき、自分もそのような包装ができるようになりたい、と思い行動に移す動機になったのだと思っている。

子どものクリスマスプレゼントを包装しながら、多くのことを思い出すが、タイトルに書いた「ギフトラップ!」という言葉にも実は思い出がある。「!」がついていることがポイントなのだ。同じく、本屋でアルバイトをしていたときのことだ、僕の友人が、ずいぶん失望した顔で、愚痴を言ってきた。「今日、来たおっさんだけど、突然、本をレジに放り出して“ギフトラップ!”だなんて言うんだぜ。なんだよ、ギフトラップってさ」。相当悔しかったのだろう。この友人は僕のブログに時たま登場する親友のことだ。

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連休2日目 [その他 Others]

さて今日を充実させようと、まず7時に起きて、ウォーキングと称している朝の散歩に出かけた。いつも何か珍しい動物がいないだろうか、と思っているのだが、つまらないリスがいただけ。あとサボテンに花が咲いていた。
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調べたらこれは花ではなく実らしい。このサボテンは僕でも名前をしっているウチワサボテンだ。英語ではオプンティア Opuntiaという。そもそもサボテンは何語なのだろうか、と調べると西欧か中華系の人がサボテンの液を石鹸のように使っていたため、「シャボンのようなもの」という意味で、シャボン体なもの、シャボテン、サボテン、となった説が有力だそうだ。

そういえばカクタスの複数形が不規則であることを英語の先生から教わったのだが、調べてみると、
カクタイがそうらしい。しかしカクタシーズとも書いてあるのでどちらでも良いようだ。

<今日のプログラム>
このようにプログラムすると、ただレコード、CDを聴くという行為が、素晴らしい特別な経験となる。

1.リヒャルト・シュトラウス「4つの最後の歌」/ルチア・ポップ、テンシュテット
「4つの最後の歌」は非常に巷で評価が高く、特にシュワルツコップの盤が有名であり、何度も聴いているのだが、あまり印象に残っていない。しかしこのルチア・ポップの盤を聴いたら、大変気に入った。B面の「死と変容」も素晴らしい。これは確かハリウッドのレコード屋さんでただでもらったやつだ。
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あとは今日買ってくるレコードとかにしよう。さて、今日まず出かけた先は「チャイナタウン」の映画のロケ地のうち行っていなかったカーリーの家。これは別に書きます。その後

2.4つの気質 ピアノと弦楽オーケストラのための主題と変奏/気高い幻想/ヒンデミット
アメーバで最初に手にしたCD。ずいぶん悩んだが買うことにした。ヒンデミットの作品は良くも悪くも、たぶんこんな作品だろうな、という予想どおりの印象を受けるのであるが、車で聴き続けて、今、またプレーヤーにかけているが、非常に気に入った。特に「気高い幻想」が良い。
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3.Kriminal
一番最初に買うことが確定したレコード。イタリアのコミックが原作の映画らしい。この素晴らしいジャケットだけで買うことに決めたのだが、音楽はもっと軽いラウンジ・ミュージックのような感じ。ところどころ「黄金の七人」を思わせる部分がある。


ストレスのかかる仕事が終わったらしようと思っていたことを携帯にメモしていた。それが次のとおり。
1.海に行く
2.レコードを買いに行く  2017/12/09 OK
3.庭でビールを飲む。ギターを弾く。
4.ロケ地、どこか。 2017/12/09 OK
5.洗車
6.近所の自然公園を散歩 2017/12/09 OK
7.植木に水をやる




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共通テーマ:音楽

タンブル・ウィード 回転草 [その他 Others]

西部劇を象徴するタンブル・ウィード、別名、回転草。このくだらない雑草を見てみたい、という欲求を僕が抱くようになったのは『ビッグ・リボウスキ』の冒頭で、その姿が現れたことで、フィルム・ノワールの重要なモチーフとしての地位を、この雑草が得たからなのである。

そこらへんに転がっているものかと思いきや、一向に見つからない。アメリカ人の同僚に聞いてみたら、まず「なぜそんなくだらないものに興味があるのだ」という訝し気な表情を浮かべながら「ハイ・デザートあたりにある」という。しかしそのことを聞いてからももう1年近く、タンブルウィードを見つけることはできなかったのだ。

しかし先日サンフランシスコへ向かう途中、立ち寄ったヒューロンという町のガソリンスタンドで、タンブルウィードを見つけたのである。転がっていないが、まさにこれだ。
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タンブルウィードがどこにあるのか知りたかった時分、妻が手芸の先生に聞いたところ「トゲがあるから素手で触ってはだめだよ」と言っていたそうだ。そんな馬鹿な、と思ったが、本当にトゲがあり、別に危なくもないのだが、後で靴底をみたら、たくさんトゲが突き刺さっていた。

最高に面白かったのだが、僕は以前より家族にタンブルウィードを見てみたい、と何度も言っていたのだが、ガソリンスタンドに駐車した後、妻と子どもは急いでトイレに行ってしまった。僕はその後で一人で車を降りたとき、車の前にあったタンブルウィードらしきものをみつけ、足でなんども小突いたのである。「これがタンブルウィードかな?」と思いながら。ふと気が付くと、隣に停めていた車に、アメリカ人が電話で話しながらこちらを見ている。おそらく「なんでこのアジア人は木を蹴っ飛ばしているのだ?」と思ったのだろう。さて、そうしていたら自分もトイレに行きたくなって、その場を離れたのだ。用を足して、ふたたび車に戻ると、入れ違いで戻ってきた妻と子どもが車の前にいる。そしてあろうことか二人で、タンブル・ウィードを蹴っ飛ばしているのである。「これがパパが言っていたタンブルウィードかな?」と思いながら蹴っていたのであろう。僕は笑ってしまった。おそらく入れ違いでやってくるアジア人が、つぎつぎとタンブルウィードを蹴っ飛ばすので、「アジアにはそういう文化があるのか?」と、車の中のアメリカ人は思ったに違いない。


さてその次の旅行先となったアンテロープ・キャニオンであるが、キャニオンの内部を歩いていると、子どもが「パパ、あれ」と指さす。なんとタンブルウィードが、アンテロープキャニオンの隙間から落っこちて、佇んでいるのである。素晴らしい。
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翔文堂の思い出 [その他 Others]

果たして翔文堂という名前が正しいのかどうかすら定かではないのだ。僕が思い入れのある古書店としてよく思い出すのは、南林間にあった武田書房、そして町田にある現役の高原書店であるが、実はもうひとつ翔文堂という中央林間駅の近くにあった古書店をよく思い出す。しかし名前すら確かなのかどうか記憶が揺らいでいる理由は、実はこの古書店でほとんど買ったことがない、という理由に尽きる。

ではなぜ、それほど買ったことがない古書店をよく思い出すのかというと、僕はこの古書店の開店当日、あるいは開店してから1日、2日しか経っていない、まだ店主が本の品出しにあくせく働いているときに友人といっしょに店内に足を踏み入れたからなのである。

確か、学校帰りだった。制服をきた僕を含めた数人の高校生が、そのオープンしたての古書店に入ったのである。店主は若い人だった。おそらく30代だったろう。店主は、買う気のまったくない高校生数人を相手にいくつか話してくれた。「古本屋をやるのが夢でね」「やっと店を持てたんだ」。確かそんなことを言っていた。そのことが記憶に残っているのだ。開店したばかりの自分の城について、本当に希望に満ち、笑みがこぼれ落ちるのを堰き止められないような感じだった。高校生たちが「なんで古本屋をやることなんかが夢なんだよ」と思うかもしれないことなどまったく意に介さない感じだった。

しばらくしてその古書店は営業も落ち着き、僕も何回か行ってみた、店主はいつもレジの横を見ていた。武田書房のおじさんと同じく、レジの横にテレビがセットしてあるのだ。まさかこの店主は武田書房のおじさんを見て、古本屋に憧れたのであろうか?なんのことはない、店主はおそらく気ままな古本屋稼業、自分の趣味、城といった世界に憧れ、そしてそれを実現したのだろう。

あと店主の母親らしき方が、よく店番をしていることもあった。なんとなく想像がつくのである。息子が夢だという古書店を開く、何度反対しても頑として譲らない。結局、そこまで言うなら、と譲歩し、息子の頼みとあれば、ということで店番を手伝っていたのだろう。

僕が自分の持っているCDをとにかく売りさばき、小銭に買えていた時分、なぜか翔文堂にCDをもっていったことがある。ライオットの『ボーン・イン・アメリカ』『ライオット・ライブ』の2枚だった。大学生の頃なので、ライオットに熱中してからまだ数年しか経過していない。なぜCDを二束三文で売ってしまったのか、いまはつくづく後悔しているのだが、書きたいことは、そのことではない。

僕がその2枚のCDを持って行ったとき、店主と、その母親らしき方が、非常に疑わし気な視線を僕に向けたのだった。確か、まず母親らしき方に「買い取って欲しいのですが」と差し出したのだ。CDの帯に書いてあった「再発」という言葉(正確には何の言葉が書いてあったか分からないが)に引っかかったらしい。母親らしき人が、そんなことがわかるわけもないので、店主に相談するような図式となった。

当時、ディスカウントストアで、廉価版のコンピレーションのCDがワゴンセールで500~600円で売り出していた時分だった。店主は、そのような類のCDだと思ったのである。実際、僕にそのようなものではないか、と聞いてきた、僕はうんざりして「そのようなものではないですよ。ちゃんとしたCDです」と答えた。結局、相場の値段で買ってくれたが、僕はまったく目利きでない店主に失望した。

翔文堂は、開店からおそらく10年ぐらいは営業していたのではないか?しかし僕が、地元を離れ、社会でもまれ、10年ほどが経過した時、久しぶりに地元に戻ったとき、翔文堂はもうなかった。店主は店をたたみ、その後どうしたのかは知らない。その後、古本屋稼業で、または別の事業で成功したのか、またはうまくいっていないのか、それは分からない。今では知る由もないのだ。

「古本屋をやるのが夢でね」「やっと店を持てたんだ」

僕はもう、当時の店主の年齢を越えただろう。いつの頃からか、僕は、古書店を開くという夢を持つようになった。Sandpiper BooksやCaravan Bookstore, Argonaut Bookstoreのような素晴らしい空間を作れたら、と他愛無い空想をするのだ。だからこそ、よく翔文堂の店主の開店当時のあの希望に満ちた表情を思い出すのである。
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アメリカの吉野家 [その他 Others]

アメリカにおいて日本のファストフードチェーンが店舗を展開する場合、二つのパターンがあるようにみえる。それぞれの飲食店の特色が、単純に「味」と「価格」の二つに大別されると考えると、要は、「味」をとるか「価格」をとるか、なのである。

アメリカで、日本と同等の「味」を提供しようとすると必然的に高くなり、「価格」の魅力が失われる。「価格」の魅力を維持しようとすれば、「味」の魅力は捨てざるをえない。そこに「サービス」という要素を加えると、またあきらめなければいけない要素はでてくるのである。

先日、ソーテル地区に、僕が切望していた丸亀製麺がオープンした。満を持してである。一度、行ってみたもものの、行列をなしているので、入るのをやめ、結局いまだに行っていない。しかし地元の日本人向けの無料情報誌のライトハウスに載った広告にある、なんだか妙にアメリカナイズした創作うどんの写真を見たとき、「そうじゃないんだ丸亀製麺!」と声を大にしていいたいどころか、あきらかに叫んだぐらいなのである。

さて、上述の文章のロジックに、もうつなげて書く気がなくなってきたが...、僕はおそらく2週に1回は、吉野家いいくのである。ロサンゼルスでは吉野家はあちこちにあるのだ。

吉野家はアメリカで展開する上で「安さ」、ファストフードとしての手軽さを取った方だと僕は思う(といっても日本に比べれば高いのだが)。アメリカに吉野家が店舗を展開したのは1970年代の終わり。もう40年近くの歴史がある。店舗のスタッフは全員ローカルの人。お客でも、吉野家が日本のファストフード店だと知らない人も多いのではないか?それだけ現地に溶け込んでいるのだ。

対極にある展開の仕方が、徹底的に日本の「サービス」、「味」を提供しようとするケース。ラーメン屋さんに多いのだが、ローカルのスタッフは、「いらっしゃいませ」と日本語であいさつすることを指導され、素直にそれに従っている。おそらく日本の文化に親しみをもともと持っているような人が応募してくるのだろう。その結果、「味」も「サービス」も日本と同じような感じになるのだが、価格はとんでもないことになる。チップも入れれば、たいがいラーメンで$13~14払っている気がする。ちょうど、先日、家族3人で食べに行ったラーメン屋のレシートがあるが、ラーメン3つと餃子一皿で、$41払っている(チップ込)。

さて吉野家がとことん現地に溶け込み、ファストフード店としての位置づけを失わずに展開していることを説明した。競合には韓国系のワバ・グリルや、フレイム・ブロイヤーがあるのだが、それらと同じ丼ものを提供するYoshinoyaとして頑張っているのである。

さてメニューもとことん変なアメリカ独自のものがあるのだが、日本と同じ牛丼も食べられるのだ。僕はそれしかたのんだことはない。

いつもいく吉野家は、カスタマイズして頼むシステムで(僕が以前に書いたサブウェイ方式というものだ http://fuyublog.blog.so-net.ne.jp/2015-03-04-1 )、店舗によってはそうではないところもある。つまり僕はカスタマイズして、いつも日本における牛丼の並盛を頼んでいる。どのように頼むか、というと次の通り。

Regular Bowl, Original Beef, White Rice, No Beef Juice, No Vegetables.

まずオリジナルビーフというのが、「吉野家のオリジナルの牛丼の具」。それとたいがい「野菜は?」と聞かれるので、No Vegetables、と伝える。

さて、一番重要なのが 「ノー・ビーフ・ジュース」 なのである。

以前に書いたこともあるが、僕は牛丼でつゆがべたべたになっているものが好きではない。それこそ、下の白いご飯には、つゆがまったくついていない状態でもかまわないぐらい。http://fuyublog.blog.so-net.ne.jp/2014-02-22-1 そんな自分であるのに、最初にアメリカの吉野家ででてきた牛丼は、つゆだくにしてください、など一言も言っていないのに、びちゃびちゃの状態ででてきた。

2回目に行ったとき、これではいかん、と「わたし、スープー減らす、欲しい、スプ減らして」と言うようなことを片言の英語で伝えるが、通じない。確かこんなように言ったのだ。
“I'd like to reduce soup. Could you do that?"
"What?"
"Soup, Reduce Soup"
店員の、その時は確かアフリカ系アメリカ人の女性だったが、困ってしまい、おそらく店長を呼んできた。
“What can I do for you sir?”
同じフレーズを繰り返す。
“I'd like to reduce soup, Could you do that?"
"???"
"Soup, Reduce soup"
"Oh, Extra beef Juice!"

ノー!!!!

つゆだくじゃない!そこで僕はこう言った。
“No, I don't like soup”

そこで初めて、通じたのである。
“Oh I got it, No beef juice.”

受け取ったレシートを見て驚いた。そこには、ちゃんとNo Beef Juiceと印字されているのだ。アメリカの吉野家のレジでは、つゆが嫌いな人用のNo Beef Juiceのボタン、あるいはつゆだくが好きな人用のExtra Beef Juiceのボタンがデフォルトで備わっているのである。(ロサンゼルスだけなのか、他の地域でもそうなのかはちょっと分からない)

でてきた牛丼は、日本で食べるものと同じものであった。うれしい。ロサンゼルスで好きな時に吉野家の牛丼が食べられるなんて。

あと最後に「紅ショウガはいくついる?」と聞かれる。こちらでは一つ一つパックになった紅ショウガをレジでもらうのだ。「Ginger?」と言われるだけ、こちらの感覚はとにかく量が多いので、デフォルトだと4つも5つもくれる。「一つで十分ですよ」と言わなければいけない。(One、って言うだけでいいです)









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レトロスペクトの周期 [その他 Others]

流行、趣味には周期があり、過去に流行ったものがもう一度流行るということが常に繰り返される。ジャンルによって周期は、まるで7年蝉、13年蝉、17年蝉のごとく異なる。僕が中学3年生の頃、ウルトラ倶楽部という深夜番組が放送され、レトロブームというものが巻き起こった。僕もそのレトロブームに乗り、ウルトラマンに再び夢中になったのだが、中学生が懐古趣味に走るというのもずいぶん変な話だ、と思っていたのだが、それほどおかしくない。中学3年生は15歳、僕がウルトラマンを見ていたのは5歳~7歳ぐらいまで、10年後に懐古しているのだ。テレビは10年周期だと言える。

僕が84年のヒットチャートものの音楽に郷愁を感じていることは何度もこのブログで書いている。僕が再び、84年のヒットチャートの音楽を求めだすのは、実は93年~94年ごろ、90年あたりですでに一部のアーティストの作品を買いだしたが、それは純粋な音楽的欲求であり、郷愁の要素はあまりなかった。音楽も10年周期。

90年代は、とにかく80年代のファッションが馬鹿にされていた。リスペクトされていたのは60年代だった。2010年代後半になり、80年代のファッションや文化がふたたび復興してきている感がある。実際女性の眉も再び太くなりだした。ということはファッション、服飾は30年周期と言える。

なぜこの周期が生まれるのか、この記事でそこまで考察する気はないが、おそらくその分野の発信者が世にでて発言力を得だす周期に合致しているのではないかと推測する。
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スパムバーガー生き残りキャンペーン [その他 Others]

アメリカに戻ってきて、夕食を買いに行きそびれ、やっているお店が少なくなってしまったため、チポレとインアウトバーガーを買って帰った。

インアウトバーガーはすこぶる世間での評価が高いが、僕はそこまで好きでもない。ファイブガイズの方が好きだ。インアウトバーガーを食べると、いつも世間での評価と自分の評価とのギャップから、いったいどのハンバーガーが最もおいしいのかということにいつも考えをめぐらせることになるのだが、そこでふと思い出したのだ、あの世界最高のバーガー。僕はあのバーガーを食べたとき、これこそがあのカーニバーガーにもっとも近いバーガーである、と確信したのだ。

それはフレッシュネスバーガーのスパムバーガーである。最後に食べたのはいつだろう。少なくともこの3年間は食べていない。そのような経緯からインターネットでスパムバーガーを検索したら、とんでもない事実を知った。なんとスパムバーガーは販売不振、しかもフレッシュネスバーガーのバーガーのラインナップのうち売上成績は最下位とのこと。

http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1708/21/news100.html

面白いことに、記事によると、フレッシュネスバーガーのスタッフ内では、このスパムバーガーが最高位になるという。そこでフレッシュネスバーガーは、なんとも大胆なキャンペーンを打ち出したのが、今回のニュースというわけ。僕も日本にいたら、協力したのだが、ちょっと無理。期間内に戻る予定はない。ただし僕は予想するが、おそらくスパムバーガーは今回のキャンペーンで8位以内に入るだろう、そして続行となるだろう。次に日本に戻ったら、いままでの不義理を反省し、週に2個は食べようと思います。

なんとカーニバーガーの門外不出のレシピが公開されていた。


しかし断言するが、このカーニバーガーのレシピよりも、スパムバーガーの方がカーニバーガーに近い。カニでもなく、ハンバーグでもないが、スパムバーガーを食べたときの、ほとんどレジェンドとも言えるB級を極めた感は、まぎれもなくカーニバーガーであると信じて疑わせない衝撃があったのだ。

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長谷川町子美術館 [その他 Others]

11日の夕方、長谷川町子美術館に行ってきた。失敗したのは、この美術館、長谷川町子が存命中の昭和60年よりあり、もともとは長谷川町子が蒐集した美術品を展示する美術館として会館したのだが、僕は長谷川町子の原稿とかを展示しているコーナーだけを見て帰ってきてしまった。しかし僕の目的も長谷川町子の作品、ゆかりの品などを見にいったのであり、それだけでもよかったのだが。

僕の父は戦後日本の典型的な教養人で、その典型ぶりが若い頃の僕に反撥心を抱かせたりしたのだが、僕も子どもを持つ身となり、社会で揉まれ、父が味わったのと同じ苦渋をいくつも経験したことで、今では戦後日本の典型的な教養人としての父に対し、まったくもって感服し尊敬の念を持っている。

いくつかの記事で、書棚の景観、背表紙の重要性(驚くべき事に岩波文庫が背表紙を変えたウンベルト・エーコの作品を出していることに気づいた、なんたることだ)、について記述したが、父の書斎にあった書棚は実に素晴らしいミクロコスモスであった。

戦後日本の典型的な教養人としての父は、当然のごとくマンガに対しては一定の嫌悪感を示していたが、そんな父でも認めざるを得ない、いくつかの漫画家の作品を所有していた。

いや、父は本当に戦後日本の典型的な教養人なのだろうか?思えば、父は常に新しいものへの好奇心を持っている。過去に囚われる自分に対し、父はいつも新しい事象へ寛容であった。80歳を前にして、新しいパソコンや、タブレットを欲しがる人が何人いるだろうか?定年間近の頃にWindows 95を手に入れたり、ベータがいいのだ、と言い張り、家族にベータデッキを使わせるような人が何人いるだろうか?

父のそのような保守と革新の絶妙なバランスが、書棚におそらくいくつかのマンガを置かせる結果につながったのだろう。

そのような父の書棚に置かれた漫画家の作品が、手塚治虫と長谷川町子の数冊であったのである。僕は若い頃より、長谷川町子のサザエさん打ち明け話を熟読した。非常に面白い作品だった。

そのサザエさんうちあけ話でも言及される矢内原忠雄の著作も、父の書棚にはあったことを覚えている。

桜新町駅を降りるとすぐに出てくる、磯野、フグタ一家の像、
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楽しいですね。サザエさんの街。これは美術館にいく途中、交番の前にあるサザエさん。
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美術館前の写真をとる場所。
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美術館の隣の公演にもサザエさんの像はある。
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不思議なことに [その他 Others]

ここ最近、自分の身に非常に不思議な変化があり、その変化は本当のことなのかどうか検証したく、ここに記すことにする。

このブログは、主として、自分の趣味である音楽や映画といった芸術に関連したことを記述するブログであり、あまり自分のプライベートなことなど、ましてや仕事に関することなどは書いたりしないのだが、そんな考えのもとに書かれているブログであるのに、たまに僕は「仕事が嫌だ」とか「憂鬱だ」とか「会社に行きたくない」とか、そんなことを漏らしてしまうほど、僕はそのようにイラつき、憂鬱になり、仕事で不満を持ち、という生活を続けてきたのである。

その期間はいったい何年だろうか。いやいや、僕が「イラつき」「不満を持ち」「ストレスを抱えた」のは高校生ぐらいから、ずっとである。何十年と、そのような生き方をしてきたのだ。

僕はいま、ロサンゼルスにいて、映画のロケ地や、そう、それこそ、いまそうしようと思えば、車を30分ばかし走らせれば、チャップリンのスタジオを見に行くことができ、そうしようと思えば、いくつもの名画のロケ地を順番に訪問することができるのである。好きなだけだ。

僕はこの恵まれた境遇は、自分がいつも抱えているストレスとバーターとなっている、等価のものであり、マイナスを打ち消すためのプラスなのだ、と考え続けてきたのであるが。

突然、7月の第二週から、不思議な変化が自分に起こったのである。

怒らなくなったのである。イラつかず、ストレスがなくなったのだ。

何をした、どのように考えた、とか、何も理由はない。突然この変化が起こった。今、この文章は、実は8/3に書いているのだが、要はほとんど1ヶ月、怒らず、いらいらせず、いやいや、怒ることもあるのだが、ひきづらない、とでも言おうか。本日、非常に強度のストレスと緊張を強いられる仕事が終わったのだが、まったくナーバスにならなかった。



革命失敗 [その他 Others]

別にトランプゲームの大富豪の話でも、実際の世界情勢の話でもなく、身近なところで革命は失敗したのだ。僕がこれまでにしでかした失敗などは無数にあり、後悔の総量を推し量ることなど土台無理なのであるが、その中でも特に大敗を喫し、そして継続して後悔していることが、失敗したことを認めざるを得ない革命なのである。

当時、その存在は、僕には救世主に見えたのだ。馬を駆るオルレアンの乙女や、コルシカから突如現れた後光を纏った英雄に見えたのだ。

いったいなんの話をしているのかと言うと、僕は以前、ディスクユニオンが販売するCDとDVDの収納革命を利用したのだ。プラスチックケースを処分し、所有しているCDの1/3ぐらいはこの革命派に加担したのであるが、その革命当時から10年近くが経過し、僕はこの革命が失敗に終わったことを宣言する。シャルロット・コルデーによってマラーは息の根を止められたのである。

収納革命に加担したCDは、自分にとって思い入れのある作品が多く、優秀であるからこそむしろ急進的な思想を受け入れてしまったのだろう。しかしその結果、CDは安っぽくなり、選びづらくなり、疎ましがられるような存在となってしまった。あれだけ華々しかった革命の戦士たちは、今となっては前時代的な装いを嘲笑されるような身分に成り下がったのである。

見よ。この革命の敗残兵たちの姿を。
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10年近く前に、あれほど輝かしく見えた勇士たちは、その姿を取り外され、元の姿に戻されていく。なんと愚かな革命であったか、収納革命に大枚をはたくぐらいならばタイ米でも炊いておけばよかった。当時、ジュエルケースを取り外し、せっせとごみ箱に捨て、購入した収納革命に入れ替えていったのである。10年後、いったい何をしているのか。ジュエルケースを購入しなおし、また入れ替えているではないか。
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価値の伸長と収縮 [その他 Others]

毎回、僕が記事を投稿するたびに、読んでくれている人がいるのかどうかはわからない。もし読んでくれている人がいたとして、おそらくこのブログの書き手にとって、いったい何がテーマとなっているのか、ということは、もしかしたら朧気ながらも伝わりつつあるのかもしれない。

それは「価値の伸長と収縮」なのだ。



多くのビジネスマンにとって、価値とは何かと問えば、「時間だ」と答えるかもしれない。そうだ、それはこのブログのタイトルでパロディとして拝借したトーマス・マンの『魔の山』のテーマなのだ。

「まさか七年とはかかるまい!」

僕は以前より、「あなたが所有している最も高額な宝物はなんですか?」と聞かれたら、こう答えようと思っていた。

「アラビアのロレンスのDVDですね」

おそらく、そう答えられたら、「えっ?DVDなんて1000円~2000円ではないですか?」と思われる。もちろんそれが通常の反応だ。しかし次の説明を聞けば、僕がそのように言う理由は納得できるだろう。

「確かにDVDとしては数千円で買えますね。ですがご存知ですか?『アラビアのロレンス』を製作するのに$15 Millionかかっているんですよ。そしてこの映画にはピーター・オトゥール、アレック・ギネス、アンソニー・クイン、ホセ・ファーラー、オマー・シャリフといった今は亡き往年の伝説的な俳優が演技をし、モーリス・ジャールが作曲しているのです。そして題材は歴史的なT.E.ロレンスについての話です。金額には換算できないほどの価値があることは明白です。もし『アラビアのロレンス』のDVDを手に入れれば、単純に、あなたは$15 Million、いやそれ以上の価値を手に入れたも同然です。」


 [その他 Others]

ロサンゼルスで当たり前のように悩まされる事象として、「家に蟻が発生する」というものがある。不思議と自分がいままで住んでいた家では蟻は発生しなかった。しかし一昨日、新しい家に引っ越したところ、初日より無数の蟻に遭遇することになる。

蟻から見たら、人間はどれぐらい大きく見えるのだろうか。子どもが好きな『進撃の巨人』で、最大級の巨人は60mだそうだ。通常の日本人男性の平均身長を1.7mとしよう。となると、巨人は人間の35.29倍の大きさということになる。人類は35.29倍の大きさの敵になすすべがない。無力感からくる絶望に打ちひしがれている。

蟻と人間はどのような比率だろう。僕が家で見つけた無数の蟻は2㎜ぐらいだ。同じく1700㎜と比較すると、なんと850倍である。蟻にとって、人間は巨人どころの騒ぎではない。

蟻は人間に対して打ちひしがれているのだろうか?答えは否だ。

最近、日本のニュースを賑わせているのも、ほかならぬ蟻だ。ヒアリといって毒を持つ種だ。自分よりも1/850のサイズのこの生物に、日本人はパニックに陥っている。Wikipediaで調べると、かつてアメリカではヒアリを根絶しようと、大々的な殺虫剤の散布を行ったそうな。しかし結果は、なんの成果もなし。

人類は1/850のサイズの生き物に対してなすすべがない。

以前、ゴキブリが地球上に何匹いるのだろうかと興味を持って調べたことがある。たしか1兆匹を超える。それに対して、蟻は何匹だろう。なんと1京匹だそうだ。1那由他でなくてよかった。



以前、『利己的な遺伝子』という書籍がベストセラーになった。仮に、すべての生物の目的が遺伝子を残すことであったとして、種族として人間は蟻に勝っているのだろうか?生物のヒエラルキーの頂点に立ったのが人間である、とよく言われるが本当だろうか?


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